生命倫理

はじめに

このシリーズを始めるにあたって:
助産師のしごとは正に私が約40年間関わって来た周産期医療そのものであり、人の命が生まれると同時に人生の中で人が最も死の深遠に接する時です。同時に先天異常、超早産児、仮死の児など、その医療上の対応に倫理的判断が迫られる機会に稀ならず遭遇する医療分野であり、その判断の為には生命倫理の素養が不可欠であることは言うまでもありません。
この連載は、具体的な例を挙げながら学問としての生命倫理を学ぶと共に、その背景にある人間本来の共に生きる心(私はそれを「あたたかい心」と呼んでいます)の重要性を理解していただくことを願っております。

目次

第1章 周産期の生命倫理を巡る旅:あたたかい心を求めて

第2章 なぜバイオエシックスが医療・看護において重要になってきたか

第3章 子どもを巡る生命倫理の特殊性とその臨床現場における倫理的考察

第4章 予後不良の児に対する倫理的対応

第5章 胎児はいつから人と見なされるか

第6章 出生前診断

第7章 生殖補助医療

第1章 私がなぜ生命倫理を学ぶようになったか

私はアメリカでの5年間の小児科の臨床研修を終え、新生児・周産期の専門医を取得して1974年から新設の北里大学に勤務したが、そこで遭遇した慢性肺疾患で半年以上人工換気療法を受けている超未熟児の弥生ちゃん(仮名)が、生命倫理を考える大きなきっかけを私に与えたのである。
勿論アメリカでも治療を止めなければならない予後不良の新生児や, 家族がエホバの証人で輸血を拒否されたことなどを経験していたが、そのような高度な倫理的判断は病院全体の方針が決まっており、倫理委員会を開催するまでもなく、経験豊かなmedical ethicist (臨床倫理専門家)が患者家族と病院の間に入るので、担当医が悩みながら倫理的観点からの治療方針の決定(medical decision making from ethical point of view)することはなかった。事実、帰国して数年経った頃、たまたま学会でお会いしたMary Avery 教授(Harvard大学の小児科教授で有名な新生児科医) に、倫理的判断の難しさを話したところ、「医学的な情報を提供して、後は専門チームに任せるので、私は後ろの方で見ているだけよ。」と笑いながら答えたのである。しかし当時の我が国では、臨床倫理の専門家どころか「生命倫理」そのものが医学教育や臨床教育の中にほとんど含まれていなかった。
このシリーズの最初に、私にとって忘れられない弥生ちゃんの事例を振り返りながら、「なぜ私が独学でも生命倫理を学ばなければならなかったのか」、というよりは「周産期・新生児医療において生命倫理が如何に大切であるか」さらに「生命倫理的思考が無ければ良い医療は出来ない」ことに触れてみたい。

 

1.慢性肺疾患で長期人工換気を受けている超早産児の事例
弥生ちゃんは、35歳の母親の3人目の子どもとして25週655グラムで出生した。最初の急性期は、いくつかの大変なエピソードがありながら無事乗り切ったが、なかなか抜管が上手くゆかず、もう6か月も人工換気療法下にあり、慢性肺疾患のレントゲン所見は悪化の傾向を示し、次第に投与酸素濃度も換気圧も高まっていった。現在は慢性肺疾患だけで亡くなることはほとんど経験しなくなったが、1970年代であり人工サーファクタントや高頻度人工換気装置も無く、またステロイドの知識等もない時代であった。同じような症例を幾つか経験していた私にとって、弥生ちゃんの命はあと1か月ほどであると予想できた。どのように家族にその予後を告げ、どのように対応するか、同じ新生児仲間に聞いてみたが、その答えのほとんどは、「仕方ないよ、最後まで治療するしかないよ」というものであった。
 弥生ちゃんの状態は1週間ごとに悪くなり、人工換気はこれ以上出来ないという最大の条件となり、誰もが「もう弥生ちゃんは帰らざる河の流れに入ってしまった」ことを認識していながら、口に出すことがタブーのような雰囲気となっていた。私は最後の時に侵襲を加えるだけの蘇生などでバタバタすることを避けたいと考え、いろいろな病院のNICUの主任クラスの仲間に意見を聞いてみた。その答えは、「最後までやるしかしかたないよ」というものと、なんと「若い主治医たちには無理だから、自分が当直の時に抜管する」というものであった。さらにアメリカの上司であったジョンズホプキンスのライゼンベルグ教授に手紙で意見を聞いたが、「君が悩む必要はない、倫理委員会に任せればいいのだ」との答えであったが、まだ倫理委員会もなかった。後で述べるが、北里大学は全国80大学で最後に倫理委員会が出来たが、最後になった理由は最も優れた倫理委員会を目指したからであった。
 私は両親に弥生ちゃんの置かれた状態を説明し、あるタイミングで治療を止めることを考え、看護師を含めたNICUスタッフ全員の意見を求めた。ほとんどのスタッフは、弥生ちゃんの命を助けることは出来そうもないということは予想していたが、治療を止めることには少なからぬ戸惑いをみせていた。しかし、私がこれまでの経験や文献的考察を加え、弥生ちゃんの現在の状態と予後について説明し、このままの治療を続けることは弥生ちゃんの肺をさらに悪くして、時折見せる赤ちゃんらしい笑顔の輝きさえ奪ってしまう結果になることを話した。みんなの意見をまとめることが出来なかったので、肺への障害を少なくすることが出来るか人工呼吸器の条件を可能な限り下げてみよう、という自分たちへの言い訳のような治療方針とした三日後に、弥生ちゃんは両親に見守られながら静かに亡くなった。
 看護師たち、特に弥生ちゃんを可愛がっていたNナースは、「先生、納得できません。弥生ちゃんは懸命に生きようとしていたのです」と露骨に私に不快感をぶっつけてきた。その言葉は鋭い針のように私の心に突き刺さった。Nナースだけで他のナースにも弥生ちゃんのことがトラウマとなって業務に支障をきたすおそれさえ感じられた。医療のプロとして感情に流されない態度を持ち続けることは大切であるが、一人の人間として私もみんなと同じような心の痛みを感じていることを、どのような形かで表して悲しみを共有しないかぎり、これからのNICUのチーム医療に亀裂が生じるかもしれないと考えた。数日後に、慰労会を兼ねて弥生ちゃんのことを話そう、とNナースを含めた何人かのナースを食事会に誘った。最初に私が慢性肺疾患の病態生理や長期例の成績などの少し硬い話をしたが、やがてアルコールが入ると、みんな思い思いに弥生ちゃんのことを涙ながらに話出した。自分たちの無力感もさることながら、医療というものはこのような悲しみを含むものであることを、さらに医師も看護師も、みんな同じ思いを共有していることを確かに感じていた。
 これからも弥生ちゃんと同じような、私たちの力では救命できない症例に遭遇するであろう。その時に、この弥生ちゃんの経験を生かさなければならない。それは医学的にどうするかということ以外に、医療者としてどのように予後不良の児を倫理的な観点から受け入れるかであった。アメリカのように、私たちをサポートする生命倫理の専門チームがいない日本では、自ら考え学ばなければならないことを強く思った忘れ難い経験であった。

2. 坂上正道教授との出会い:生命倫理は医療者の基礎素養であることを学ぶ
 北里大学医学部は戦後に新設された最初の3つの医学教育施設の一つであり、私がインタビューなども含めて見て来た多くのアメリカの一流施設に引けを取らない、世界最先端のレベルを備えていた。北里大学医学部と大学病院の構想の段階から、中心人物の一人として関わっていた小児科初代教授の坂上正道教授(以後坂上正道)は、ご自身がクリスチャンという理由とは別に、医療と看護に生命倫理が必要という明確な考えがあり、私が奉職した1974年には、既に著名な哲学者・宗教家・作家等を招聘して、「医と哲学を考える会」という小さな個人的な勉強会を年に数回開催していた。後に述べるように倫理は哲学の一部門であり、「医の倫理を考える会」と読み替えても良い会であった。その内容が如何に高度で先進的であったかは、後にその講演抄録集が丸善出版から「医の心」全7巻として発行されている。私もその会に参加して多くの知識だけでなく、臨床の現場においても生命倫理を考える習慣を身に付けることが出来た。
 さらに坂上正道は北里大学に、わが国最初の生命倫理に特化した研究所である「医学原論研究所」(当初は医学哲学研究所とする予定であったが「学」の文字が二つあるところから医学原論としたという)を創設し、医事法の世界的権威であり文化功労章受賞者である唄幸一博士を所長・教授として招聘した。私は月に一度、坂上正道と唄所長が昼食を取りながら談笑する機会にお相伴にあずかり、耳学問ながら高度な生命倫理の断片を学ぶ僥倖に浴した。米国で臨床研修中に、医療における生命倫理の重要性は肌身に感じていたが、系統立った勉強はしてこなかったので、お二人の話には聞きなれない専門用語が混じる原理原則の内容が多く、正に門前の小僧が分からないお経を聞いている内に、何となく理解するようになる、という様相であった。
そのような背景のある北里大学に坂上正道が中心となって倫理委員会が出来たのは、80ある医学系大学の中で一番最後であった理由は、議論に議論を重ねて我国最高の倫理委員会としたからであった。その倫理委員会はABCの3つの異なったレベルの委員会に分かれていた。特にA委員会が特徴的であり、日本のトップレベルの学識経験者が委員となり、「生命とは・死とは・人間とは」など生命倫理の基礎的な事柄に関し議論を重ねる、という他に類を見ない委員会である。B委員会は、脳死やエホバの証人の事例に遭遇した時の、組織としての大学医学部および病院の基本的な考えた方や対応を予め議論しておき、その事案に対する共通の認識としておくものである。C委員会が多くの病院にある倫理委員会レベルで、ある倫理的判断が必要な事例が発生した時に対応する役目を果たす委員会である。 
私が他大学の倫理委員会に出席した時に、ある委員が「医者なんだから、現場で自分の責任で判断してくれれば良いんだがなー」と、倫理委員会の仕事を事務的なものと考えていることに驚いたことを思いだす。例えば親がエホバの証人である時に、その子どもに救命のために輸血をするべきか等は、現場で個人的に判断することではなく、施設としての倫理的判断が不可欠なのである。現在は既にどの大きな病院にも倫理委員会があり、重要な臨床事例や研究に関しての倫理的判断の返答をしている。 しかしその内のどのくらいが、坂上正道が考えた理想の倫理委員会の姿を見せているか、私にはまだまだわが国の現状は心もとないと思っている。
NICUにおける染色体異常の重症児等の対応だけでなく、脳外科でも心臓外科でも、さらに老人医療などにおいても、患者の権利や尊厳を考えなければ医療はやっていけない時代になっているところから、生命倫理の知識と考え方を学ぶことがいかに大切かは言うまでもない。しかし、30年前のわが国で、弥生ちゃんのような症例に遭遇して、途方に暮れていた私が坂上正道に邂逅したことは、まさに天の差配であったと感謝している。

3.早稲田大学で学ぶ:木村利人との出会い
坂上正道は日本生命倫理学会が出来る以前に、北里大学で日米バイオエシックスシンポジウムを開催し、両国の一流の生命倫理学者を招聘して最先端の生命倫理の高度な議論に接する機会を我々に与えてくれた。そのシンポジウムの企画・運営の中心となったのが、国際的に活躍していた木村利人であった。彼はアメリカでもバイオエシックス(Bioethics)研究では自他共にトップと見なされているジョージタウン大学の教授を兼任しながら、早稲田大学人間科学部教授として赴任したばかりの新進気鋭のbioethicist (生命倫理学者)であった。私は、日本にも我国古来の生命倫理的な考え方があり、また西欧の情報として生命倫理的を紹介した学者は沢山いるが、思想のレベルを超えた学問としてのバイオエシックスを日本に導入したのは木村利人である、と確信している。
Bioethicsは、biosu(命)とethics(倫理)の合成語であるところから、一般的には生命倫理と訳されているが、日本語の倫理にはエチケットや社会通念のような意味もあるところから、木村利人はカタカナのバイオエシックスを用いることを提唱している。学問と言う意味は、例えば「なぜ人間や命は尊重されなければならないのか」の命題を、単に「人間の命は地球より重い」というような観念的な言葉でなく、論理的に説明することである。 さらに重篤な患者が死に瀕した時に、どのように対応すべきかを、単に「可哀そう」だからといった感情的な判断でなく、医学的な情報を基礎に患者を取り巻く家族などの社会的環境などを加味して、倫理的判断をすることである。これまではその場の雰囲気で、倫理的議論がなされないまま何となく判断されていたが、医療者と患者家族だけでなく取り巻く社会にも受け入れられる、具体的な内容を含む共通の言葉で議論することは、結果的に良い判断の方向に進むことが明らかとなった。さらに大切なことは、その経験と資料が次の事例に生かされ、より良い対応に生かされることであり、まさにそれが学問と呼ぶ所以である。
また生命倫理そのものは、単に医学に関わらず絶滅保護種を巡る問題や、有名なレイチェル・カーソンの「沈黙の春」に代表される環境破壊に関する議論なども、その範疇に含まれる。ダイオキシン問題のように生態系の変化が、人間の健康に影響を及ぼすことが知られているところから、私達医療者もそのような広い意味の生命環境にも関心を持つことは大切であるが、ここで論じられる生命倫理は医学・医療における事柄に絞られるところから、医の倫理(medical ethics)と呼ばれる。
このようにBioethicsは、単なる思想や概念でなく生命倫理学という学問であるが、データー上の数や理屈だけで決めるような冷たい倫理的判断だけでなく、そこに人間的な「あたたかい心」の大切さを忘れてはいけない。それが私のバイオエシックスに対する考え方で背景にあるところから、このシリーズのタイトルが「あたたかい心の生命倫理学を学ぶ旅」とされている。このことは、これまで個人的な経験に頼っていた医療に、EBM(evidence based medicine: データー上で正しいという学問的証明に基づく医療)の考え方が導入されたが、そのデーターに偏った冷たさに人間的判断を加えるNBM(narrative based medicine:一人一人が持っている人生の物語に沿った考え方に基づく医療)が加わったことに類似している。
当時は生命倫理の重要性を認識して、医学教育と医療にその導入を試みていた北里大学においても、弥生ちゃんのような事例に遭遇して悩み苦しむ医療現場に対して、私がアメリカにいた時のように医療倫理面からサポートしてくれるシステムはなかった。日本では自分で生命倫理を学ばなければならない、という強い思いと焦りを感じていた時に 坂上正道の紹介から木村利人早稲田大学教授の知遇を得る幸運に巡り合い、機会があるごとにカンファレンスや研究会に参加して、木村利人門下生としてバイオエシックスを学ぶこととなった。正式に早稲田大学人間総合学部研究員(生命倫理)となったのは、私が女子医大に赴任した1984年からであった。さらに幸いなことに、さらに早稲田大学創立100周年(1982年)記念事業として1987年に創立された早稲田大学人間総合研究センターの客員研究員として、(表)に示す錚々たる方々とバイオシックスの研究に加わることとなった。
1996年からは女子医大における早稲田大学との「合同バイオエシックス・チュートリアル」による生命倫理授業が開始され、2012年の現在も続いている。チュートリアル(家庭教師方式)は、丸善から出ている「生命倫理を考える:終わりのない8編の物語」(カナダ国立映画製作庁)という教材から二つのテーマを学生に示して、自由にそこから問題を探し出し、その解決法まで辿り着くのを、私と早稲田の生命倫理学の講師がtutor となり、学生が間違った方向に行かない程度に見守る教育方式である。この方式は、正解の無い生命倫理を議論し学ぶのには、最も適していると考えられる。興味深かったことは、問題の解決に関する考え方が、最初は女子医大の学生(4年生)は、「医療者は専門家であり患者の訴えに惑わされず自分で決めるべきだ」と、また早稲田の学生(大学院生)は、「医療者は患者が何を願っているか読み取ってやるべきだ」という意見であったのが、2回目になると両者が逆転し、医学生の意見は「患者の気持ちをもっと考えるべきだ」という方向に、早稲田の学生は「医療は人の命に直結するのであるから医者の意見を尊重しなければ」という方向に変わったのである。
生命倫理は、ある答えを出すよりもその考えに至る経過が大切であり、同じ結論でも医学的な内容を重視する考え方か、患者に心情を重視した考え方かによって、当事者(患者・家族・医療者)たちの受け取り方は大きく変わるのである。

4. 生命倫理の基礎(その1):生命倫理とは
この項では、私が坂上正道及び早稲田大学から学んだ生命倫理の基礎的知識を纏める。繰り返し述べる如く、臨床看護の現場で行う倫理判断は、「患者さんの為になるのだから」と、その場その場の感情や思いつきで決めるのではなく、学問としての理論立てに基づかなければ「危ういもの」となる。そのためには、倫理学のもっとも基本的な事柄をまず理解していただきたい。堅苦しい内容となるが毎回のテーマの最後に、生命倫理の基礎をシリーズとして加えることとする。

 生命倫理は生命(bio)に関する倫理(ethics)であると、バイオエシックス(Bioethics)から直訳されたものであるが、生命という言葉も倫理という言葉も広い意味を持っているところから、若干の解説が必要である。
Ethicsを倫理と訳したのは井上哲次郎(1884−90年)といわれ、倫理学も同じethicsの単語である。倫理の(倫)は(仲間)の意味であるところから、倫理とは「共に生きる為のことわり(理:理由・約束事)」である。倫理の中には、生命倫理以外にも、共に生きる最善の社会を考える社会倫理、さらにその具体的な内容として経済倫理や法倫理などがある。 英語のethicsの語源はギリシャ語のエトス(ethos)であり、本来は仲間内の風潮や習俗の意味であるが、坂上正道はさらに「共に生きる喜びのニアンスも言外に含まれている」と語っていた。ちなみに、日本語にも転用されているエトス(ethos)の道徳的な規範に対するに対応するパトス(pathos)は、感情・激情の意味であり、岡本太郎の芸術的爆発などの表現に用いられている。
倫理学は哲学の中の一部門で、道徳の規範となる原理を求める学問である。道徳とは、行為の善悪を判断する内面的規範原理である。例えば他人を殺してはいけないことや近親相姦していけないこと等のように、私たちの社会で共に生きて行くためには必要な基本的な約束事であり、改めてその是非を論じる必要が無く、自ずから心の底から湧き出るものである。それに対して倫理は、まだお互いに考えを擦り合わせる余地があり、その社会に最も良い考えを作り上げる過程のものである。 ある事柄に関して、仲間と議論して倫理的な同意が成立したら、その社会の中ではある強制力を持ってそれに沿わなければならない。倫理的考察によってつくられた規範は、繰り返し行われていく過程で、内面的な深い規範(道徳)に昇華されてゆく。
先にあげた「人を殺してはいけない」や「近親相姦をしていけない」等ということも、昔は日常の生活の中である許容範囲内で「起こっても仕方がない」とみなされ、道徳のレベルまでになっていなかった。しかし、「人を殺していいのか、近親相姦を認めていいのか」に関して、人が共に生きて行くために。みんなの共通の道理(倫理)として認めるかどうかが、繰り返し繰り返し話し合われて行くうちに、もうことさら倫理的議論する必要が無いほど自明の理となったものが道徳である。近年の脳科学で、道徳のレベルまで高まった倫理的経験の積み重ねは、その神経ネットワークに組み込まれていることが証明されている。その詳細は、後に生命倫理と脳機能の項で解説する。
今でも、「なぜ人を殺してはいけないのか、」という子どもの質問に答えられないでたじろぐ大人がいるが、それは長い私たちの歴史の中で、社会が成り立つためには必要不可欠な約束事と解決済みであり、さらに脳にもその道徳的機能判が組み込まれていることを考えれば、今更その理由を問うものではない事柄であることが理解できるであろう。
一方「生命(bio)」は、生命科学や生命現象等の用語に見られるように、科学的・物理的な生命体を対象とした視線であり、本来の生命倫理学は「種の保存」や「生命環境(bio-environment)」などまで考えが広がる。しかしここで議論される生命倫理は、人間を対象としたものであり、さらに絞れば医学・医療の倫理(medical ethics)である。
 「生命(bio)」は「せいめい」の他に「命:いのち」ともよばれるが、その場合は「生命現象」や{生命体}という言葉があっても「いのち現象」や「いのち体」などとは言わず、また「いのちの輝き」や「いのち拾いをした」のように、人間という生き物が生きている現象に対する言葉が「生命:いのち」である。
 このことは、人(ひと)」と人間(にんげん)が同義語のように使われるが、「人間的な」や「人間性」は「人的」や「人性」とは言わないことに通じるもので、「人」は生命体としての存在を意味するが、「人間」は「人と人との間」の言葉のごとく「共に生きている社会的存在」を表す。ちなみに中国語では「人間」は「じんかん」と呼び「世間一般」のような意味であり、「人間(にんげん)」という言葉は日本語なのである。
以上を纏めると、生命倫理(Bioethics, バイオエシックス)は、「生きて行く上の基本的な価値観に大きな相克が生じた場合、その仲間内で最良の考え方及び対応を求めることである」と定義されよう。生きていく上の基本的な事柄とは、例えば生や死の考え方が仲間内で異なっては、医療業務だけでなく社会全体のシステムにまで影響を及ぼす。近年の脳死体からの臓器移植においては、長い倫理的議論が積み重ねられて、これまでの死の正義を法的にも変え、新しい死(neo―mote)という言葉が生まれている。 

 

表:早稲田大学人間総合研究センターの生命医科技術にける人間の価値観と政策過程(略称バイオエシックス)プロジェクトメンバー

  研究員(代表)木村利人  早稲田大学人間科学部教授  (バイオエシックス)
  研究員    牛山 積  早稲田大学法学部教授   (民法・環境法)
  研究員    富永 厚  早稲田大学法学部教授    (哲学)
  研究員    曽根威彦  早稲田大学法学部教授    (刑法)
  研究員    浦川道太郎  早稲田大学法学部教授     (民法)
  客員研究員  仁志田博司  東京女子医科大学教授     (周産期学・小児科)
  客員研究員  土田 友章  名古屋聖霊短期大学助教授  (宗教学・比較文化論)
             (国際Bioethics Network Newsletter, No.1: 1, 1989年7月)

 

 

文献

  • 北里大学病院 医と哲学を考える部会編:「医の心」全7巻、丸善 1984-1990
  • 仁志田博司編:出生を巡るバイオエシックス (周産期医療にみる「母と子のいのち」、メジカルビュー社、1999
  • 木村利人:いのちを考えるーーバイオエシックスのすすめ:日本評論社、1987

仁志田博司:第7章 新生児医療における生命倫理、新生児学入門(第4版)、医学書院、P141−150,2012

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第2章 なぜバイオエシックスが医療・看護において重要になってきたか

はじめに
前回は私が周産期医療に従事する中で「なぜ生命倫理を学ぶようになったか」という個人的な話しに、附録の様に教科書的な少し硬い内容の「生命倫理とは」を解説した。第U項では、みなさんが携わっている医療現場で生命倫理が必要となってきた背景を取り上げ、生命倫理的素養が無ければ適切な医療を提供できない時代になってきたことを伝えたいので、今回も硬い内容の「生命倫理の4原則」を加えた。最初に例によって忘れ難い症例を提示する

事例:積極的治療から在宅医療となった18トリソミーの児
 琴美(仮名)ちゃんは37週で自然経膣分娩で出生した2100グラムの女児である。1980年当時は超音波などによる出生前診断が普及しておらず、18トリソミー等の染色体異常が疑われたのは出生後であった。比較的状態は安定していたので、母親に分娩室で面会してもらい、「心臓に病気があるようですのでNICUに入院して検査して、またお話しします。」と話した。特徴的な指の重なりなど臨床的には18トリソミーに間違いがないと思われたことから、翌日に両親が揃ったところでその可能性を告げた。家族にとって、生まれたばかりの子どもが聞き慣れない18トリソミーと言う病気の可能性があるということはショックであろうが、臨床的に診断が間違いないと考えられる場合は、染色体検査を待つ間その言葉を故意に避けることは、必ずしも家族にはプラスにならず、むしろ不安や不信感をもたらすので、医学的に明らかとなった時点でキチンと対峙させる方針をとっていた。1週間ほどで結果が出て、家族に18トリソミーの医学的な説明をした時、既に両親は18トリソミーのことを学んでおり落ち着いて事実を止めていた。
 幸い琴美ちゃんは大きなVSD以外重篤な合併症はなく、哺乳力が弱いので経管栄養を受けている以外特別な治療は受けていなかったので、家族が経管栄養を含めた全身管理が可能と判断された生後1か月過ぎて退院となった。退院後は、私の外来で定期的に観察し、発熱などで救急外来を受診した時も私に連絡が来るようにして、極力入院をさせないように、また入院しても簡単に挿管などはしないよう予め申し送りをしていた。それは、琴美ちゃんの予後を考慮して「緩和的治療に留める・可能な範囲で在宅医療を行う」という、家族との話し合いによる基本的管理方針によるものであった。幸い琴美ちゃんは数回の短期間の呼吸器感染による入院以外は、姉と兄それに母方の祖父母という家族みんなに可愛がられ、私の6か月という予想を大幅に超えて、1歳の誕生日を迎えるまでになった。
 その頃外来を受診した琴美ちゃんが、素晴らし笑顔を私に見せてくれた。今まで多くの18トリソミーを診て来た私にとっても初めての経験であり、これまでの緩和的治療方針で良いのか再検討する必要があると考え、両親に心臓手術の可能性を専門医と再度相談することを提案した。両親の答えは、「ありがたいお言葉だが、私たちも琴美も十分幸せですので、このままでお世話にならさせてください。」というものであった。琴美ちゃんは、2歳の誕生日を過ぎて間もなく、自宅で家族全員に見守られながら静かに亡くなった。
 琴美ちゃんが亡くなってしばらくして、私はご両親から、琴美ちゃんの素晴らしい笑顔の写真と共に、「先生や看護婦さんはじめ多くの素晴らしい方々のやさしさに包まれた琴美の2年間の人生は、私たちの30数年の人生よりも素晴らしいものであったと思っています。それ以上に、琴美はみんなに生きることの素晴らしさを教えてくれました。」という内容の手紙を受け取った。その手紙を読んで久しぶりに涙したが、もし医学的に可能だからと手術をすることを説得したら、例え琴美ちゃんが数年長く生きたとしても、家族は違った生活スタイルとなり、両親はこのような手紙を書くことは無かったのではないか、と考えた。しかし私が自分の机に前にあの琴美ちゃんの写真を貼ってあるのは、自慢ではなく、本当にあれで良かったのか、という自戒のためなのである。

現在は、たとえ18トリソミーでもVSD等の手術を行う施設が珍しくないが、何が患者と家族に最良であるかを求めるためには、その時点での医学の進歩のレベルや社会環境に基づいた倫理的思考が必要となる。この事例を切り口に、現代の医療においてなぜ生命倫理が重要となってきたかを振り返る。

 

なぜ生命倫理が医療において重要となってきたか
勿論わが国にも昔から「医は仁術」の言葉に代表されるように、「患者の為に」を第一義に考える基本思想があったが、その思考は医療者側からの一方方向で会った。現在のように医療者と患者側がほぼ対等に何がベストかを議論するようになったのは、受け身の立場の患者の人権を考慮する生命倫理が生まれてきたからであり、その歴史的背景を解説する。

  • 社会が受け入れる速度を超えた医学の進歩が生命倫理を必要とした

写真の原理が発見(1727年)されてから写真機が発明(1839年)されるまでには100年以上もの時間を経ているが、実際に写真が世に出た時に、写真を撮られた者が「魂を吸い取られた」と不安がったり、写実派の画家たちは職を失うと騒動を起こしたという。さらに核分裂の連鎖反応が発見(1939年)されてから原子爆弾が造られる(1945年)までは僅か6年の間しかなかったので、当然それが人類にもたらす恐ろしい影響を人々は考える余地がなかった。それどころか現在においても、核燃料廃棄物の処理に関して混乱を極めている。
医療においても、脳死臓器移植や生殖医療の進歩は、まず技術が先行しそれを受け入れる社会が十分理解する前に実際の臨床に応用されているところに、その是非を巡って生命倫理の議論が発生したのである。これまでの人間にとって極めて重要な死の考え方を根本的に変えてしまうことが、人々や社会が十分理解して受け入れる前に、脳死は新しい死(ネオモート)という概念で目の前に突き付けられた時、混乱が起こるには当然であろう。その混乱を解消するのには時間をかけた倫理的議論の積み重ねが必要である。その議論が成熟し、やがて脳死という概念が社会常識に組み込まれるようになれば、昔は「脳死は人の死か」等という議論があったな、と振り返る時代になるであろう。
このように、命や人間の基本的な事柄に抵触する新しい医療・医学の進歩が、社会がそれを十分に咀嚼する前に臨床現場に現れた時、その是非に関して混乱が起こるのが、生命倫理が生まれる背景の一つである。

  • 医療における選択枝の増加 

現在は乳癌の治療において、手術以外にも放射線療法・化学療法・温熱療法・免疫療法など種々の選択肢があり、患者は専門医の意見を聞きながらも、どれが自分に合っているかを選ぶことが可能である。しかし、その専門医も新しい治療法の医学的評価が定まっていない段階では、どれがその患者に適しているかは必ずしも明言できない。さらに置かれた境遇や条件によって、その患者にとってどれがベストかの治療の選択肢が異なる。例えば、患者が25歳のピアニストで、半年後にこれまでの生涯の夢であるカーネギーホールでのリサイタルが控えている場合、医師は命が大切だからと手術を強く進めるべきか、あるいは患者が命より大切なことだからとすべての医療を拒否することを容認するか、その選択において単に医学的データーを超えた多くの要素を含んだ考察と議論が必要となる。
かってはその病気を治すという医学的なことで済んだ議論は、その患者の人生の生き方や取り巻く社会の受け入れまでを考慮することの重要性が理解されるようになり、どれがその患者にとって適切であるかを倫理的観点から議論する時代となったのである。

  • 医療に対する社会の認識の変化:父権主義から自律主義に

私の父が70年前に田舎で開業医として働いていた時代には、患者は質問することさえ医者に対して礼を逸すると思っていたように、父の治療を無条件に受け入れていた。それは「お医者様に診てもらう」という言葉に代表される父権主義(Paternalism)と呼ばれる医者患者関係であった。すなわち医者患者関係は、父親が子どもに対するような関係であり、多少強面であるが子ども(患者)の為を思って医療を行う、というものである。
この父権主義は医療者と患者間の信頼関係というプラスの面があるが、医療の選択肢の増加の項で述べた如く、医療者側にとってもその患者にどの治療が最適か分からない時代になった。さらに患者側が、医師から提供された医療情報と自分の置かれた環境を勘案して、どれが最適かを選ぶことが可能となった。例えば前述のピアニストは、リサイタルまで免疫療法など非侵襲的な治療を受け、その後手術などの侵襲的な治療を受ける選択を、自ら医療者に依頼することが可能である。さらに医療者側の一方的な選択より、そのような患者側の意思表示と積極的な医療への参加は、より良い医療効果を挙げることも期待できる。
このようなことが可能となったのは、これまでの職人技のような経験主義の医療から、医学の進歩に伴い科学に裏打ちされた医療に変革したことが大きな要素である。素人の患者も、医師の説明を聞き本やインターネットから情報を得て学習することによって、ある程度のレベルまでは自分の病気や治療などについて理解できることから、自分の体に対する検査や治療を自分で選ぶことが可能となったのである。Informed consentも、専門家の医療者から自分の健康状態や受けるべき治療法の内容の説明を受け、それを理解してた上で自らの選択をするものであり、「説明と同意」のレベルを超えた「理解と選択」が正しい訳語と考えられるようになった。
歴史的に自分の権利を守る意識の変革は、権力者(国家や大企業)から庶民が自分の権利を守る反戦運動や消費者運動に端を発するが、それが権威者である医療者から弱い患者側が自分の健康や自分の命は自分で守る権利に目覚めたことによるもので、それは医療に関する自律主義(autonomy)と呼ばれるものである。このような父権主義から自律主義への思考の変換の過程で、生命倫理的議論が沸き立ったことは十分理解できるであろう。

  • 生命や人間に対する基本的な価値観の変化

私たちが生きて行く上で最も重要な価値観は生命と人間に関するものであろう。これらの最も基本的な事柄における近年の医学・医療の進歩は、これまでの私たちの考え方にきわめて大きな影響を及ぼし、それら巡る様々な生命倫理的議論が姦しくなってきた。
後日項を改めて詳しく論じるが、生命と物質さらにアメーバ―のレベルの原始生命体と人間が連続であることが学問的に示されているが、倫理的議論に上がるのは、生きている人間の絶対的な価値観である。たとえ人間でも死んでしまえば死体という物体であり、また受精卵という生きている一個の細胞でも人間とみなされれば特別な価値観で倫理的議論の対象となる。
DNAそれ自体は物質であるが、それが細胞内環境で生物としての能力を発揮するところから、またDNAに書き込まれている遺伝情報がその患者の個人情報であるところから、その扱いにおいて生きている人間レベルと同様の倫理的配慮が論じられている。現在はDNA解析が一般的な医療や医学の手法として普及しているが、それでもその取扱いにおいては多くの場合倫理的議論の洗礼を受けなければならない。
受精卵は人間か、という議論においても、中山博士のiPS細胞は、受精卵を操作することに倫理的な抵触があるところから生まれた手技である。さらに現在の生殖補助医療の進歩は、私たちの価値観の中で神聖なものとみなされている人間の誕生という過程において、どこまで人工的な操作が許されるかという大きな倫理的議論がなされている。
一方人間の死においても、赤い血が流れ動いている心臓を臓器移植のために取り出す行為が殺人にならないために、脳機能が停止した時点で人の死と定義する法律で、脳死という新しい死の定義を作った。これに関しても項を改めて論じるが、私たちの従来の生きている・死んでいる、どこから生命と呼ぶか、などの私たちの毎日に生活に直結した人間に基本的な価値観が、医学・医療の進歩の名の下に急速に変化しており、それに伴って多くの生命倫理的問題が派生している。

生命倫理基礎講座(2):生命倫理の基本原則
生命倫理に関する考え方の中心は、前回述べたように倫理の「倫」が仲間という意味である如く、多くの人が共に生きて上での基本的な事柄に意見や考え方の相違が生じた時に、それを擦り合わせるにはどうすればよいか、を考えることである。その考え方の基本原則の中で最も有名かつ重要な4項目を解説するので、少なくともそれがどんな意味を持つかを心に留めていただきたい。

  • 侵害回避(Non-maleficence)の原則

無害原則(do no harm)とも呼ばれ、私たちは相手に害を及ぼさない義務を有しているということである。この害に中には、医療者として患者の為にするべき義務をはたさないことにより、侵害をもたらすことも含まれる(不作為による侵害)。また身体的侵害だけでなく、故意に患者を苦しめる言動も含まれる。  手術のために患者の体にメスを加える行為などは、その加える侵害がそれによりもたらされる効果・恩恵を上増らない限り、この原則を外れることにはならない(二重効果の原則)。この場合、その侵害を与える行為は最も非侵襲的なものでなければならず、またその行為を正しく患者に伝えなければならない。

  • 恩恵(Beneficence)の原則

「仁恵の原則」とも呼ばれ、我々は相手に恩恵を与える義務を有しているという意味である。特に医療者はその職業そのものが患者の苦しみ・痛み・病を取り除くことにより恩恵を与えるものであり、その知識と経験をその目的のために行使しなければならない。しかし自分が多大な損害を受けてまで第三者に恩恵を与えなければならないという義務はない。その意味で医療施設内の医療者が通常的に輸血ドナーとなることを避ける申し合わせがなされている。その兼ね合いには倫理的議論が必要で、かってその逆の過剰反応で、医療者がHIVの患者のケアを拒否した歴史的汚点が記録されている。
この恩恵の原則を、医学の進歩によって人類の恩恵になると拡大解釈して、個人の恩恵を損ねる行為の正当化に用いてはいけない。ナチスや石井部隊の人体実験の極端な例は論外であるが、患者に対する侵襲が軽微であるという言い訳の下に、患者には恩恵の無い医療行為が医学研究として行われることは、恩恵の原則を踏まえた倫理的議論の後に、初めて認められなければならない。
エホバの証人の信者に対する輸血などの様に、医療者が考える恩恵と患者が考える恩恵が離反する場合も、次に述べる「自立の原則」と勘案した倫理的議論により判断されなければならない。
3. 自律(Autonomy)の原則
 自己決定権と類似した意味合いから「自立の原則」とも呼ばれるが、自律(自分を律する)の意味は自律神経系のように、人間は生来的に自分を正しい方向に律する能力(自律性)を持っており、その能力を尊重するのが「自律の原則」であり、単なる自分で決める自由主義や独立心を尊重する自立主義ではない。具体的には、自律性を有する者は自分の健康と命に関する事柄は自分で決める権利を有する、というものである。
 この原則に基づいて、医療者は患者が医療を受ける権利があると同時に医療を拒否する権利も有することを理解しなければならない。このことは医療者が、医学的に正しく患者の恩恵になると判断した場合には、前述の「恩恵の原則」に反する結果になりうる。適切な自律性の発揮の為には、適切な医療情報の提供と患者の理解が不可欠である。それゆえ専門知識を持った医療側が誠意を尽くして、患者が正しい医学的判断に至るよう努めるべきである。しかし最終的には患者の自律性に委ねられので、医療として恩恵の原則を外れる結果となりうる。一見矛盾するようであるが、患者の恩恵は患者にしか分かりえない、という考えである。しかし、15歳以下の未成年の場合、その保護者である家族の意見を超えて、医療者が児の恩恵の原則に従った判断をすることが可能である。このことについては、後に「子どもの権利を巡る生命倫理」の項で解説する。
 また、患者が古い父権主義の様にその判断を医療側に託することも、自律性発揮と考えられる。実際の医療の現場で最も多いのが、この形の医師患者関係の中で、所々に患者の自律性が現れる形であろう。一方、医療者側にも自律性を発揮する権利があり、患者の要求するとおりの医療を行うことを強要されない。このことは患者側が望んでも、無用なあるいは有害な医療行為を拒否する権利を有することを意味する。
この自律の原則は、我国の医師患者関係の主流であった父権主義の対極にあるもので、アメリカから導入された生命倫理の中で最も特徴的なものであった。実は私にとって「自律の原則」を学ぶ中で、「Please let me die.」というタイトルの実話のDVDを見た時の衝撃は忘れ難いものであった。その内容は、爆発事故で大火傷を負い奇跡的に助かった男性が回復して職場復帰した後のインタビューで、その治療中に余りの痛さに、Please let me die. (死にたい:治療を辞めて楽にしてくれ)と医療者に何度も告げたが聞いてくれなかったのは、私の自律性を医療者は無視したからであり許されない、今でもあの時の私の意見は正しかった、と語っているものである。日本人の感覚で、命を助けてくれた医療者に、自分の自律性を無視した、と言うことが理解できるであろうか。それは良い悪いでなく、アメリカ人と日本人の生活信条の違いであり、倫理を論じる場合考えなければならない重要なポイントであることを忘れてはいけない。
4.公正(Justice)の原則
公平という言葉には、物の分配において恣意的にある人に多くある人に少なくすることが無い、という意味であり、平等とは違う。平等は、限られた物をみんなに同じ量だけ配ることであり、いらない人には多過ぎ、欲しい人には足りないことがおこり、悪平等という言葉さえある。
公正とはだれもがあの人はそれを必要とする、と認める人に与えるものであり、さらに良く働く人がそれに見合っただけのものを受け、働かない人は僅かしか受け取れないことであり、その逆に、働かない人が多く受け取る場合を不公平と呼ぶ。アメリカ社会は、能力があり良く仕事をする人が大金持ちとなり能力が無いため貧しい人が混在しており、平等な国ではないが、誰でも働けば金持ちになるチャンスがある公平な国である。
この考えを生命倫理の原則にする理由は、人間および命はすべての人に平等にある最も大切なものであり、その取扱いにおいて金持ちと貧乏や地位によって差があってはならず公平に扱われるべき、とするものである。
最も分かり易いのは脳死臓器移植の例であろう。提供臓器が限られているため、あらかじめ病気の重症度(緊急度)や移植を受ける状態の情報に応じて優先順位のリストが作られおり、上下貴賎のバイアスが入ることなく臓器を受ける人が選ばれるシステムである。金持ちや政府高官がまず臓器移植のリストのトップになる国に比べ、どちらが公平かは言うまでもないであろう。
もう一つの例は、近年の大災害において行われたトリアージである。助からない人・すぐ治療すれば助かる人・直ぐに治療を必要としない人に分ける緊急時において、私情が入ることは公平を欠くことになる。
しかし医療における公平は、限られた医療資源の配分という物理的な意味だけでなく、医療者はスラムに住む人も、知恵のくれた人も、障害者も、同じ人間としての尊厳を持って対峙するという、精神的な意味においても重要である。倫理的議論において、このような患者への対応が公平を欠いてはいけない。

おわりに
今回も堅苦しい内容となったが、わが国において生命倫理は新しい学問であり、その背景となっている基礎的な事柄を是非学んでほしい。生命倫理の4則原はアリストテレスの昔から聞き慣れた事柄であるが、その中で皆さんにも目新しかったのは「自律の原則」だったのではないであろうか。実は生命倫理学というのは、20世紀後半に個人の権利を守ることを背景としてアメリカで発達した学問であり、その意味で「自律の原則」が一番特徴的なのである。

参考文献

  • 仁志田博司(編):出生をめぐるバイオエシックス:メジカルビュー社、東京、1999
  • 福岡伸一:生物と無生物の間:講談社現代新書、2007
  • 家永登・仁志田博司(編):周産期・新生児・小児医療(シリーズ生命倫理学 7)、丸善出版、2012
  • 仁志田博司:新生児ケアにおける倫理とチーム医療、助産雑誌:64:1126−32,2010

『医療倫理 いのちは誰のものか ダックス・コワートの場合』(原題:“Dax's Case: Who Should Deside?”)、日本語版監修:赤林 朗:丸善出版株式会社、1974

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第3章 子どもを巡る生命倫理の特殊性とその臨床現場における倫理的考察

はじめに
 周産期医療の対象となる胎児や新生児を語る前に、より一般的な子どもを巡る生命倫理について考えてみよう。その基本的な倫理学的素養は胎児・新生児に演繹され得る。
生まれながらにして備わっている人間の基本的な権利である人権が、なぜ子どもで論じられなければならないのであろうか。それは子どもの判断能力が不十分であり、前回解説した倫理的判断に重要な自律性(autonomy)を発揮できないという事実だけでなく、あのヨーロッパでも弱者である子どもの人権が認められるようになったのは19世紀も後半になってからである。チャールズ・ディケンズ(Charles Dickens, 1812 - 1870年)のデビッド・コパフィールド(少年の時に悪環境の靴墨工場で働かされた自分がモデル)に見る如く、歴史の中で極く最近までその人間としての存在価値が無視されてきた子どもが、ようやく社会の一員として受け入れられ、倫理的議論の対象と認められたことの意義は大きい。
それに加え我国の特徴として、儒教的な歴史背景から「親は親足らずとも子は子たれ(親が親らしくなくとも子どもは親に仕えろ)」の言葉に代表されるように、子どもは親に従うべき者という伝統的理念があった。医療の世界においても、子どもに対する親の権利(親権)が強く、親からの虐待から子どもを守ることのみならず、適切な医療を子どもに施すこともままならない事態が稀ならず起こっていた。
この章では、倫理的議論に法的拘束力が加わって、子どもの医療を受ける権利や生きる権利が親権を凌駕する歴史的事例となったベビードウの事例をまず提示し、子どもを巡る生命倫理の特殊性を考えてみよう。

ベビードウ事件とその歴史的意義
 ベビードウ(baby doe:匿名の某ベビーの意味)は、1982年4月に米国インデイアナ州のブルーミントン病院で生まれたダウン症の子どもである。食道閉鎖と気管食道婁を合併していたので、ミルクを飲む事が出来ないだけでなく、気管と食道がつながっているので誤嚥性肺炎を防ぐためにも早期の手術が必要であった。両親は知能障害を合併するダウン症に加え、重篤な奇形を伴っているところから児の手術を拒否した。医療側も専門的技術を必要とする難しい手術である上にダウン症であることから、両親の意思を尊重するという方針を決めた。しかし、水分も栄養も与えられないでいる新生児が病院内にいることが、内部告発でマスコミに流れ、病院当局は「このような事例において手術を行わないという医療判断の是非」に関して裁判所に意見を求めた。ブルーミントンの地方裁判所は、両親には子どもの治療を差し止める権利があると裁定し、病院の方針を支持した。それを不満とする人権団体は、その事例をインデイアナ州高等裁判所に上告したが、同様にその訴えは否決された。彼らはさらに上位のワシントンの最高裁判所に上告する手続きをしたが、その間にベビードウは生後6日目にその短い命を終えた。
 このドラマチックな過程がマスコミを通じて全国に流れ、その是非に関する議論が沸き起こった。当時のレーガン大統領は共和党出身であり、人工中絶の是非を巡り「プロライフ:胎児といえども神から与えられた命であり、それを守る」という立場を取っていたところから、それを受けてリハビリテーション法504条項に基づいて、「連邦基金を受けている施設は、障害者に対して適切な治療や養育義務を怠った場合は基金を受け取れない」と通達を出した。1983年3月にはさらにエスカレートして、分娩室や新生児室に「この施設内で障害児に栄養補給や看護を怠った場合は法に違反する行為であり、直ちに通告すること」というメッセージと無料ホットライン番号を記載した掲示を義務付ける暫定規定を、連邦基金を受けている病院すべてに発令した。当然のことながら、内部告発を前提とするこのような掲示は医療への不信を煽るようなものであり、アメリカ小児学会を初めとして医療側からの猛反対に合い、短期間でそのような内容の掲示は取り下げとなった。
 このベビードウ事件が切っ掛けとなり、これまでの親の意見と医療側の恣意的判断によって治療を受けずに亡くなっていた予後不良な児に対して、そのような障害児でも生きる権利があると同時に尊厳を持って死ぬ権利があることや、親権と子どもの権利の相克などの議論が起こり、医療側の倫理的判断と行政の対応に関しても大きな影響を与えたのである。 ベビードウ事件には、障害者の権利と子どもの権利というふたつの大きなテーマが内在しているが、本章では、大人社会の中の弱者であり、同時に親権という親の権利の影響を受けるという特殊な立場におかれている「子ども」を切り口に倫理的考え方を解説する。

子どもとは
 子どもの定義は、私たちの社会が大人を規範として成り立っているところから、一口に言えば「大人でない者」である。その端的な例が、法的な権利が成人と区別される未成年という用語であり、遺言が認められるのは15歳以上、刑法処罰が科せられるのは    18歳以上、投票権・非投票権 を有するのは20歳以上であり、タバコ・酒は20歳未満では認められない、という制限が加えられている。
 哲学者のピーター・シンガー(Peter Singer)は、「人間にはpersonhood(人格)が必要要素で、そのためには自分を認識する自我が無ければならない。それ故、自己を認知し得る動物は、ある意味ではその能力がない幼い子供より重要な存在である」と動物愛護の立場からの論陣を張り、彼の講演会が子どもの人権を守る団体のデモで中止になったシンガー事件で知られている。その論法でいくと乳幼児は人間でなくなることになり、シンガーの論調は議論の為の議論であることは明らかで、彼の講演会で筆者が「現在日本で若者の、なぜ人を殺してはいけないか、の質問にどう答えるかが話題になっているが、Peterならどう答えるか?」と彼の論理の危うさを突いたところ、「私の話は例えば、である」とたじろいでいた。しかし、彼は乳幼児は能力がない存在と考えられていたようである。
シンガーの極端な論調は例外的としても、子どもは大人の社会の規範を理解するだけの能力に達していないところから、かっては簡単に切り捨てられ、大人の能力に達した者のみが社会の一員となる歴史的過程があった。現在では「子どもでも人間としての権利がある」ことが認知され、弱者でありさらに社会の未来である者として、周囲から守られ保護される社会の一員となった。 年齢的に子どもは、新生児(0〜27日)、乳幼児(28日〜2歳未満)、児  童(2歳〜11歳)、青少年(12歳〜18歳)と分けられるが、上記の「人間としての権利が認められ守られるようになった」年齢が、医学の進歩とそれに伴う社会通念の変化で、児童から新生児・胎児にまで広がって行った。
さらに近年の脳科学の進歩により、幼い子供でもこれまで考えられていた以上に人間的な認知能力や判断能力があることが知られるようになったところから、子どもは単に社会的弱者の立場から保護の対象となるだけでなく、その年齢を考慮した自律性(developmental autonomy)を優先させる倫理的考慮が計られるようになってきている。

子どもの権利
1989年に国連は子どもの権利条約を定めたが、我が国は1994年になって漸く158番目の国として、それを批准している。その中で重要な権利条項は、第12条の「意見表明権」であり、意見表明こそが倫理的議論の中で最も大切な自律性を発揮する具体的な行動なのである。なぜ12歳とされたかは、ほとんどの子どもが12歳以上になれば抽象的な内容を理解する能力を有することが、小児発達学の研究から示されたからである。それが、小児を対象とした医療を行う際に、Assent(Informed consentと違って法的な意味はないレベルで自分が受ける医療行為に対する同意)が可能な年齢であり、さらに子どもを対象とした医学的研究においては、その治験の結果が他の子ども達に役立つ事を理解することが出来る年齢でもある。(Committee of clinical Research Involving Children Based on Health Science Policy. Ethical Conduct of Clinical Research Involving Children. Washington, DC , The National Academic Press, 2004)
このように、生まれながらにして人に備わっている人間の基本的な権利である人権が、なぜ子どもで論じられなければならないのであろうか。それは子どもがその能力が社会人として不十分であるというだけでなく、わが国においては、儒教的な歴史背景が子どもを親の付属物とみなす現状があり、児童虐待の対応において親の権利(親権:しんけん)が子どもを守る上で大きな障害となっているからである。  

親権
 親権とは堅苦しいが民法上の定義では、「成年に達しない監護教育し、その財産を管理するため、その父母に与えられた身分上および財産上の権利義務の総称」とされている。親と子の関係においては、母親において知られている母子相互作用だけでなく、父親においても子どもを育てる愛情の交流という人間的な喜びがあることは言うまでもない。しかし歴史的に子どもは、親(戸主)の財産であり労働力であり、投資的価値(家の財産や伝統を守り、将来的に親を擁護してくれる)がある存在として家と親に付属し、親権は父権とも呼ばれた如く子どもの支配権の様相をもっていた。特にわが国は儒教的文化の背景から、社会規範として親子関係は「子は親に従う」という主従関係の様相を呈していた。
 同時に親の子どもに対する権利だけでなく、子を保護し・養育し・教育するという親としての義務も民法に記載されており、さらに前述のような子どもの権利条約が結ばれるようになると、子どもは単なる保護の対象としてではなく人権の享有・行使の主体として捉えるべきとされるようになった。ベビードウ事件に見るごとく、現在ではダウン症候群であっても、大人が治療を受ける権利があるなら子どもの同様な権利があるべき、との議論が起こるのは当然であろう。

 子ども虐待を巡る親権と子どもの最善の利益
ベビードウ事件は医療ネグレクト(受けるべき医療を受けさせないことにより子どもの最善の利益を損なう)であり、子ども虐待の範疇に入ると考える意見がある。一方では、両親と関与した医療者たちがベビードウに治療を行うことの是非を、真摯に子どもの最善の利益も含めて倫理的観点から議論した結果である、との意見がある。倫理は結果よりもその考察過程が重要であるところから、その判断に弱者としての子どもに対する両親の有する親権が恣意的に影響しなかったか、すなわち、子どもの生きる権利を凌駕して、障害のある子どもを持ちたくないという親の意見が強く出なかったか、が問われるであろう。このように、近年大きな社会問題となっている子ども虐待の背景には、わが国特有の親権が関わっている。
筆者が1970年シカゴ大学病院の小児科レジデントのトレーニングで救急外来を回った時、最初のオリエンテーションの中に「虐待とレイプを疑う事例に遭遇したら、必ず上司に報告して支持を仰ぐように」という次項があった。まさかと思ったが、3か月の間に各々数例を経験したのである。ところが1974年に帰国して北里大学に勤務したが、小児科の仲間に話しても、「へ―そんなことがあるの、やはりアメリカだね」という反応で、ほとんど話題になることが無かったので、「日本には子どもの虐待は無いのかな」とさえ思った。しかしその後、明らかに親による虐待で入院した子どもが、誰に相談してもその対応がうやむやのままで、普通の患児のように親元に帰され、その後にDOA(death on arrival:到着時死亡)として救急外来に運ばれた事例を経験して悔しい思いをした。それから20年ほどして、ようやく社会の関心が向けられ、2000年に議員立法で児童虐待防止法ができ、2011年民法改正(平成23年6月3日法律第61号)では家庭裁判所は親権停止の審判をすることが出来るようになった。
子どもへの虐待は、繰り返し児に身体的精神的障害を加えるものであり、その根源は養育者(親)の子どもを憎んでしまう精神的な問題が根源にあるため、その病根は親の成育歴にまで及ぶ深いもので、環境を整えることや親への教育などでは容易に防ぐことが出来ない。それ故、筆者が米国で教育された対応策はparentectomy (親を子どもから切り離す)というものであった。わが国でも子どもを守るために、子どもへの不適切な関わり(Child Maltreatment:虐待や医療拒否など)がある場合は、親権を制限することが法的に可能となった。しかし子どもの幸せの第一は親によって養育されることである。子どもの最善の利益を第一義としながらも、子どもは親の下・家族の内で幸せを共感できる環境で育まれることが、子どもの心身の健やかな発育に最も有益である。それらのことを勘案して、どのような対応を取るべきかの議論においては、倫理的考察が中心となる。家永 登は「法は倫理の最小限」と、法が関与するのは倫理的議論と考察の最後の手段であると述べている。我々医療人にとっても心すべき言葉であり、その為にも倫理学の基礎を素養として学んでおく大切さが理解できるであろう。

基礎講座:「こどもを対象とする医療・研究の倫理的配慮」

  • 小児を対象とする研究の必要性

小児は成人と違った特有の疾患や病態を有しており、その解明の為には小児を対象とする医学研究が不可欠となる。これまで子どもを対象とした研究が不十分であった理由は、親を介するという手続き上の問題と、小さな子どもに対する技術的な方法論に隘路があった。それに加えて子どもに使用する薬に関しては、製薬会社が成人を対象とするビジネスに比べて労多くして益少ないところから、なんと現在でも子どもに用いられている薬の2/3以上が、実は子どもには適用外薬(off-label drug)とされている。米国ではPediatric Research Equity Act. 2003 (小児研究公正法)によって, 政府が支援する治験には原則として小児も参加させ、小児の治療法に貢献することが義務付けられている。我国では小児科学会の薬事委員会の努力によって、製薬会社の社会的倫理観に訴え、ビジネスを離れて子どもに必要な薬の適応性の研究が進められている。
さらに小児といえども社会の一員であり、勿論その動機付けの多くの部分は養育者である親を介してではあるが、自らも社会に貢献しなければならいことを理解しなければならない。さらに治験に参加することにより、自分が他人・社会の為になるという自負心と公共性の認識を持ち、子どもの社会人としての資質育成に役立ち、共に生きる倫理的感性を子どもに育む。

  • 小児を対象とする研究に必要な倫理的配慮 (表)

小児を対象とする研究においては、その医学的特異性(易障害性や感受期とよばれる生涯にわたる影響の可能性など)に加え,倫理的観点からの特異性(判断能力の制限・親権の存在・社会的依存性など)を考慮しなければならない。すなわち、生物学的にも社会的にも弱い集団である小児は、その被験者としての権利を守り危険から保護する、特別な周囲からの配慮が必要である。その倫理的配慮のほとんどは、既に触れてきた年齢に応じた自律性と親権への配慮に要約されよう。
小児においては、被験者になる様々な情報や条件を十分な理解されないところから、成人が被験者となるステップで不可欠な法的拘束力を包含するinformed consentではなく、法的保護者(親)からのInformed Permission(与えられた情報を十分に理解し、児の研究への参加の許可を与える)が必要となる。さらに可能な範囲で、被験児からInformed Assent (Dissent)を得る(被験者から言えば与える)ことが望まれる。Informed Assent (Dissent)とは、行われる研究に関わる事柄(その目的・具体的方法・受ける痛みなどの侵襲、など)を被験児の年齢に応じた分かり易い言葉で説明し、それに対して被験児が「分かったので良いですよ(Informed Assent)」あるいは「怖いので嫌です(Informed Dissent))と答えるものである。
上記のプロセスにおいては、年齢による小児の理解と判断能力にたいする考慮がキーポイントとなる。同じ年齢でも理解度が異なることに配慮する必要があるが、参考としては、国連は子どもの権利条約では「意見表明権」が12歳以上で可能とされており、また日本小児科学会の小児科学会代議員を対象とした「小児脳死臓器移植提供に関する検討委員会の2001年調査では、自己決定が可能と考えられるのは、「6歳未満 (10%)、6−9歳  (11%)、10−12歳 (34%)、13歳以上 (38%)」の結果が出ている。
法的な拘束力を包含するinformed consentが取れない未成年(18歳未満)でも、少なくとも民法で遺言が認められている15歳以上の児は、Informed Assent (Dissent)のレベルを超えたinformed consentが可能と考えられる。特に被験児と法的保護者(親)の意見が一致しない場合は、法的保護者(親)が必ずしも児の最善の利益の代弁者とは限らないので、第3者機関による判断が必要となる。この第3者機関とは、小児を対象とした研究のみならず、社会は子どもの命と健康を守る義務がある、という目的を持ったものであり、児童相談所などがある。

おわりに
今回は新生児・周産期に直接関わらない内容となったが、親権に凌駕されがちな弱い立場におかれた小児の社会的弱者を取り巻く問題は、新生児さらには胎児にも演繹されるものであり、周産期の倫理を学ぶ基礎としていただきたい。

文献

  • Marcia Angell: The baby Doe rules, New Engl J Med, 314:642,1986
  • 仁志田博司(編):出生をめぐるバイオエシックス・周産期の臨床にみる「母と子のいのち」、メジカルビュー社、1999年、東京
  • 家永 登・仁志田博司(編):シリーズ生命倫理学第7巻 周産期・新生児・小児医療、丸善出版、2012年、東京
  • 藤村正哲:米国における小児医薬品オフラベル問題への取り組み.日本小児科学会雑誌2003;107:1306-1316.
  • 小児脳死臓器移植提供に関する検討委員会2001年調査

 

 

表:小児を対象とする研究の倫理的特異性
1.自己決定(自律性の発揮)能力が不十分
     :成人とは異なった自律性(Developmental Autonomy)
2.年齢による判断・認知能力の違い
   :発達生物学とは異なった観点からの配慮
3.親の権利と責任を考慮しなければならない
   :親権、親の保護義務
4.周囲(親・医療者・社会の権威など)からの影響を受け易い
   :特に親への経済的・精神的依存によるため
5.易障害性と高度感受性
    :成人とは異なった心理的影響

    :長期にわたる発育発達への影響の可能性

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第4章 予後不良の児に対する倫理的対応

はじめに
 新生児医療の現場においては、本シリーズの最初に紹介した事例(2013年1月号)の如く、予後不良の症例に遭遇する機会は珍しくない。その対応には医学的判断に加え倫理的考察が不可欠であるが、アメリカとは違って医学教育・臨床教育に倫理学が欠落していた我国の医療現場では、ほとんどの医療者はどう対応したらいいのか途方に暮れていた。幸い私は、北里大学在任中に倫理に造詣の深い坂上正道教授のアドバイスを受け、後に解説する「予後不良の新生児に対する倫理的観点からの医療方針:いわゆる仁志田の基準」を独自に作って、実際のNICUの臨床で利用していた。現在多くの周産期医療施設で同様な問題に直面しているところから、今回は自験例を挙げてこの重要な倫理的問題に関する考えを述べ、併せて生命倫理の基礎として田村正徳等のグループが公表した「予後不良児の家族との話し合いのガイドライン」について解説する。

当時のわが国の予後不良児に対する倫理的対応の現状
 私は1984年ワシントンで開催された胎児・新生児の倫理的問題のシンポジウム(Emerging ethical problems on fetal and neonatal medicine)に日本代表で招聘され、その発表資料に「我国のNICUで予後不良の事例において恣意的に治療中止を行ったことがあるか」の調査を行った。その結果は、ほとんどのところでおこなわれていたが、その決定は倫理的議論のプロセスを踏まずに個人的な判断で、いわゆる阿吽の呼吸で行われていることが明らかとなった。
 私は1986年7月に久留米で行われた第98回日本小児科学会で、東京女子医大NICU開設以来1年6カ月間に507名が入院し18名が死亡したが、その内の8名(44%)は倫理的検討で医療方針が定められてことを発表した。日本で最初の人為的な生命操作と言える発表であり、どんな意見や批判が出るか緊張し、その前夜は良く眠れないほどであった。しかし発表の後の質疑応答は、簡単な医学的な質問だけであっけなく終わった。みんな同じような経験をしているはずなのに、何の疑いもなく医学的観点だけでやれるだけやっているのであろうか、と暗澹たる気持ちになった。
それから数年して、脳死・臓器移植などの話題がマスコミにも取り上げられるようになり、医療の世界でもどのような死を迎えさせるかが論じられるようになり、私たちの「予後不良の新生児に対する倫理的観点からの医療方針」はようやく市民権を得たのである。

事例:クラスCとされたが後にクラスAとなり退院した髄膜瘤の児
 髄膜瘤は日本では2000出生に1例(アイルランドはその数倍)ほど発生し、多くは下肢の麻痺・膀胱直腸障害・水頭症を合併する。超音波による出生前診断が可能となり、妊娠22週以前の場合は中絶が法的に可能であり、近年は米国で胎児治療が試みなれている。イギリスのローバーは1981年に多くの自己のこれまでの手術例の分析で、@両下肢の高度な麻痺、A胸椎にかかる髄膜瘤、B脊柱の後彎および側彎、C水頭症、D分娩障害,Eその他の先天奇形、を合併した事例は手術適応外とする厳しい髄膜瘤選択的治療基準を発表している。(J Lobert, S Salfield: Result of selective treatment of spina bifida cystica, Arch Dis Child, 56:822,1981) しかし、医療技術の進歩と障害児を受け入れる社会の進歩により、ローバーの基準は厳しすぎるので参考にするが、その基準を超えた障害児でも手術の対象とされる傾向になっている。
本症例は36週、2450gで出生した髄膜瘤の女児で、母親は28歳の未婚であり生物学的父親は母親が働く会社にオーナーであった。髄膜瘤は出生前に診断され、両親ともに妊娠の継続を望んでいなかったが、既に法的に妊娠を中絶することのできる時期を過ぎていたところから自然分娩となった。児の状態は、開放性の髄膜瘤の所見以外に仮死もなく、感染防止目的で保育器に収容された。母親にとっては望んでいない妊娠であった上に障害を持った早産児であったことから、精神的ショックが大きく鎮静剤の投与を必要としたが、父親は分娩にも立ち会い医師と児の予後などに関して以下のような話をしている。「手術をしないとどのくらい生きられますか?」、「新生児室にいる間は、しばらくは大丈夫でしょうが、家に帰れば感染で亡くなるでしょう」、「家に帰るというのは、あの人(母親)には無理ですので、後どんな方法がありますか?」、「乳児院を探して里親が見つかるまで待つ方法がありますが、乳児院には手術をしないと送れません」、「わかりました。経済的にはわたしが責任を持ちますので、あの人(母親)の希望に沿ってあげてください。」
 スタッフの治療方針判断のミーチングでは、父親もその必要を理解しているのだから母親が納得するなら手術を、と言う方針であったが、母親は、「これ以上あの子に苦しみを与えたくない」と頑なに手術を拒んだ。私自身の髄膜瘤児のこれまでの経験から、一日何回も導尿され、何度も脳室シャントの手術や麻痺した下肢の整形学的な治療を余儀なくされる人生を送らなければならないことを考えれば、裁判所の命令を受けてまで母親の意思に反して手術に踏み切ることは、むしろ医療側の押しつけの様な意見であり、必ずしも「児の最善の利益」を考えた判断とは言えなかった。話し合いの結果、感染防止の髄膜瘤のケアと一般的養護に徹するクラスCとされ、精神的負担とならない程度に、母乳を勧めるなど母親が児の養育に参加する援助をすることとした。 
幸い母乳が良く出るようになり、直母も試みられた頃から母親の児への接し方に変化が見られ、1週間後の退院の日に児を抱いて母乳を与える母親の目に涙がこぼれていた。「美樹ちゃんはお母さんのオッパイを待ってますから、毎日面会に来てください。」というナースの言葉に母親はうなずき、それから毎日母乳を持って面会に来た。次第に美樹ちゃんが赤ちゃんらしい丸顔となり表情が豊かになるにつれ、面会で新生児室に残る時間が長くなり、1か月を過ぎたころに母親は手術に同意したのである。その時点でクラスCはクラスAとなったのである。
髄膜瘤と水頭症のシャントの手術が終わり状態が安定したころ、どこの乳児院にするかソーシアルワーカーなどを交えて話し合いが持たれた。父親は乳児院を希望していたが、母親は一人になっても美樹ちゃんと一緒に生活することを強く望んでいた。私は、父親のサポートなしで本当に美樹ちゃんを育てることが出来るのだろうか、と不安に思ったが、ナースたちは「あのお母さんの顔を見れば、大丈夫」と言い、美樹ちゃんは乳児院ではなく母親のもとに退院していった。フォロアップ外来で定期的に美樹ちゃんを診るごとに、下肢の麻痺以外は可愛い子供に成長して行き、母親もナースたちが指導してくれた導尿のテクニックや麻痺した下肢の管理などもキチンとこなしており、幸せな顔つきとなっていた。私の部屋の壁には、美樹ちゃんとおかあさんのツーショットの写真が、母親の「この子無には私の人生はありません」という手紙と一緒に貼ってある。それは自慢でなく、医療者としての私への教訓としてである。
解説:
 美樹ちゃんのケースで一番マイナスの意見を述べていたのは私であった。それは髄膜瘤の児を持った母親が如何に大変であり、母親がそれなりの決意と愛情が無ければ、児も母親も共に不幸になる可能性が高いことを知っており、手術をしないで両親に愛(いと)おしいと思われながら短い人生を終えるのも一つのチョイス(クラスC)ではないか、と考えたからであった。ナース達の「母乳と子どもの笑顔が女性を母親にする」という信念が奇跡を起こしたと考える。外来で美樹ちゃんと母親の幸せそうな姿を見るにつけ、倫理的観点からとはいえ、もしクラスCの判断のままであったら二人の美しい笑顔は無かったと、人為的な医療方針の決定が二人の運命を左右する事実に改めて襟を正す思いである。

予後不良とは
 予後不良の意味には、どんなに治療を加えてもあと何日も生きられないであろうという生命予後、生命は維持できても生きてゆく上の能力が著しくそこなわれる生命の質(QOL)の予後、さらに家族や社会が経済的・精神的に背負いきれない重荷となる社会的観点からの予後、が含まれる。特に胎児・新生児においては、その児を一生ケアする母親(家族)に生命予後や障害の程度(QOL)だけの議論を押し付けることは適切でなく、児が養育される家庭環境まで含めた予後を考察することが必要である。
 このように予後不良とは、医学的な観点からの生命予後や神経学的予後に加え、社会経済学的予後も考察しなければならない。その考えの中で、今の日本で500グラムの超低出生体重児の救命が行われているが、アフリカでは1500グラムの子どもでも予後不良と判断され治療を受けられないのは不公平である、という議論がなされている。しかしそれは、現在と50年前の日本の比較でもそうであったことを考えれば、その置かれた現状で可能な範囲の適切な医療を提供する中で、予後が不良かを判断しなければならないものであり、議論の視点がずれている。同様に同じ2013年の日本においても、大都会と離島、3次医療施設で生まれた児と小さな医院で生まれた児、などの環境因子で予後不良の判定基準に、ある程度差が出ることは現実である。
 大切なことは、その置かれた臨床現場で、医療レベルや取り巻く環境因子を考慮しながらも児への最良の対応(best interest for the baby)を考えた結果から、予後不良か否かの判断がなされることであり、それが倫理的観点からの予後となる。

東京女子医大NICUにおける倫理的考察からの治療方針(いわゆる仁志田の基準)
1. その作成の経緯とクラス分けの意味
 これまで助からなかった重症新生児や超未熟児が救命されるようになると、その中には治療を行うことが、その児や家族の安寧につながるのか、単に医療者のエゴで行われているのではないか、という事例に少なからず遭遇する。当然、命の尊厳を考えれば出来る限りのことをすべきであり、医療者が人の命を左右する判断をするのは僭越である、という考えがある。しかし既に述べたように、現在の医療現場は、そのような考えでは制御しきれないレベルとなっていることは明らかである。その場しのぎに主治医の判断で重大な決定をするのではなく、システムとして施設全体で議論すべきであり、その議論の糧となる規範(code)を予め定めておく必要が考えられた。
 この仁志田の基準(表 1)は、先行論文のイェール大学のダフ教授等の「NICUにおける予後不良児に対するクラス分け」を参考として作成された。ダフの論文のクラス分けは、A:あらゆる治療を行う、B:限られた治療を行う。C:すべての治療を中止する、の3段階であったが、日本の現状を考慮してクラスCを加えた四段階としたものである。
このクラスCが曖昧である、真綿で首を絞めるようなプロセスである、と批判を受けたが、死に至る可能性のある医療方針を決定した医療者を援護する法的環境が整っていないことと、当時は社会一般に医療者が患者の死に至る行為をすることに対する嫌悪感があったところから、後に述べるクラスDの決定が出来なかったので、クラスCは苦肉の策であった。しかしそれ以上に、積極的な治療という鉾を納めて自然の流れに任せるというクラスCは、日本的な考えに基ず倫理的判断と広く受け入れられるようになった。
幸いこの仁志田の基準は次第に我国のNICUに普及し、1999年には淀川キリスト教病院の船戸正久がそれを基に、クラスCを緩和的治療・クラスDを看取りの医療、と命名して事例の経験を発表している。ようやく、脳死・臓器移植が社会的議論の洗礼を受けて法制化されたので、絶対的に予後不良な事例にクラスDを採用することが可能となった。それでも家族が児の死を受け入れるプロセスとしてクラスCの持つ意義は理解されて、現在でも最も広く臨床現場で採用されているのはクラスCである。

表 1: 東京女子医大NICUにおける倫理的考察からの治療方針(仁志田の基準)
 クラス A:可能なあらゆる治療を行う (積極的医療)
 クラス B:過剰な侵襲的治療は行わない (制限的医療)
 クラス C:現在行っている以上の治療は行わず一般的養護に徹する(緩和的医療)
 クラス D:すべての医療を中止する。(看取りの医療)
解説:
 クラスAの対象はほとんどの患者である。クラスBは、先天性の筋萎縮症などのように長期予後が不良な疾患な児に、心臓手術や透析治療などを施すことは、延命効果よりそれによる侵襲のマイナスが大きいと考えられる場合である。
 クラスCは、極めて重篤な疾患を有し短期的にも生命予後が不良であることが明らかで、残された命の時間を痛みやストレスをできるだけ加えないで安らかに過ごさせる対応であり、自然の流れの中で生を全うすることのメリットを考えたものである。これ以上治療を続けても回復が望めないので積極的な治療を止める「撃ち方止めの医療」、あるいは管理方針を治療から看護に切り替える「cureからcareへの医療」とも呼ばれる。一般的養護とは、保温・栄養・清拭・愛情と尊厳の提供、である。これまで行ってきた治療(酸素投与・輸液・投薬など)の継続に関しては事例ごとで異なり、原則的には状態に急変の無い範囲で漸減してゆく。採血などの検査に関しても同様で、必要最低限が原則であるが中止の方向に進める。初期の論文ではまだ倫理的考え方そのものも目新しい時であり、クラスCを理解してもらうために議論の対象となりうる例として18トリソミーなどの具体的な疾患名を挙げた。その後のこの基準が広まるにつれ、マニアルのように疾患名でクラス分けをする施設が出てきたところから、その疾患名が独り歩きして家族の会などから非難される原因となったが、現在ではようやく倫理的議論によるクラス分けはステレオタイプに疾患名で判断するのではなく、事例ごとに臨床所見や取り巻く家庭環境などを加味して判断がなされなければならないことが理解されるようになった。
 クラスDは、臨床的に既に回復や治癒が望めない状態のみならず、極めて短期間で死に至ることが明らかと判断される症例において、治療を続けることが無益((futile)で児に苦痛をもたらすだけであり、生命維持処置を止めることが児の為にもなると判断された場合に選択される。出生の時に既にその状態が確認され救命治療を開始しない場合(withhold)と、治療が行われている過程でクラスDと判断され延命治療を止める場合(withdraw)は、後者の場合が既に行われている治療を中止することからwithholdと異なる違和感を持たれるが、人為的に生命操作をする意味では同等であり、どちらが良いか悪いかの議論は正しくない。withdrawの場合においても、キチンと倫理的議論がなされていればwithholdとなんら変わらない判断である。むしろ不確実な状態の場合は治療を開始してから再評価し、治療を止める選択(withdraw)が、臨床現場では「安全な方に間違う:助かるかもしれないと思って治療開始したが致死的疾患であった場合」が勧められる。
 なお近年オランダやベルギーでは、予後不良の新生児に致死量の麻薬を投与する積極的安楽死(クラスDよりさらに人為的生命操作なのでクラスE)が法的に認められている。その背景には、臨床の現場で既にクラスEが実際に行われている現状を、@二人以上の医師が絶対的に予後不良であることを診断、Aその医学的内容を記録に残す、B公的機関に報告する、等の規制によって法的に整合性を計る目的でなされたものである。我国では、法的環境が整っていないという以上に、直接死に至ることが明らかな行為を医療手段として行うことは国民感情として容認できないのみならず、法的環境が整っていないので殺人罪の対象となり得る。麻薬を痛みや苦しみを軽減するために使用するのと、死に至らしめるために使用するのでは、たとえ結果が同じとなってしまったとしても、倫理的な正当性は全く異なる。この連載の最初に、倫理とは結果よりもそれを行う過程の考え方が重要である、と解説したことを思いだしてほしい。

2.その運用の実際
 臨床現場におけるその実際の採用には、倫理的判断の基本ステップ(表 2)を踏んで行われるが、それでも初期においては、これまでの出来る限り命を守るという考えに抵触して、クラス分けの議論にさえ嫌悪感を持つスタッフが少なくなかった。事実私が女子医大に移った時、右腕となるベテランの新生児科医師が、私が毎日の回診で倫理的意思決定の重要性を頻繁に話すのを奇異に感じていたと言い、またスタッフ全員でのカンファレンスにおいて、感情失禁のようにナースが泣き出すこともあった。幸い経験が積まれてゆくうちに、亡くなって行く子どもと家族が、静かに心を通わす時間が持てることの素晴らしさに、むしろ感動さえ覚えるようになり、次第に倫理的意思決定は当然の医療行為として受け入れられるようになった。さらに予後不良児の管理に関する話し合いにおいても、比較的頻度の高い18トリソミーの事例などでは、既に共通の理解が積み上げられているところからスタッフ間の意思の統一が容易になり、改まって全員を招集してのカンファレンスが省略されるほどになってきた。
 その実践においては、プロの医療者にとって技術的に可能なことをしないで死に行く患児を見守ることは、むしろ辛く最も難しい医療行為であるところから、その児に関与する全員が同じ医療法方針を順守することが極めて重要である。スタッフ間の意思の伝達が不十分で、当直の医師が夜間に急変したクラスCとされた児に交換輸血などの積極的治療が開始されることがあってはならない。その意味で、慣れに流されずキチンと話し合いのステップを踏むことの意義を忘れてはいけない。

表 2:倫理的考察から治療方針を判断する基本的ステップ
1) 判断の基準: 患児にプラス(子どもの最善の利益)になるか
2) 判断の情報:

  1. 学的:治療が可能であるか・後遺症の重篤度、A社会経済的:家 族の精神的負担・限られた医療資源の有効利用、B法的:医療中止及成育限界の法的解釈、C倫理的:新生児といえども生きる権利および尊厳を持って死ぬ権利、等の情報を収集する。

3) 判断のプロセス:
@医学的情報を中心とした情報の分析、@家族への情報提供とそれに対する家族の意見聴取とその分析、Aスタッフ全員によるカンファレンスによる医療側の判断、Bその医療側の判断を家族に提示、のステップを踏む
4) 最終判断: 家族の意見を最大限生かした判断を原則とする
         医療側と家族側の意見が異なる時は結論を急がない
5) 最終判断による対応: 定まったクラス分けによる医療管理とする
               採取判断をスタッフ全員に伝え全員が従う
               医学的状況の明らかな変化以外安易な方針変更は行わない
解説:
 どの倫理的判断においても基本原則は「患者の最善に利益」である。新生児においては、出生からその児と共に生きて行く家族、特に母親の状況に配慮が必要であるが、家族の意見が児の福祉を損ねてはいけない。
 判断の為の正確な情報収集は不可欠で、その中では特に医学的情報が重要であり、致死的と考えられた疾患が実は治療可能であることが分かれば、その倫理的判断は全く異なるものになる。その意味で生命予後及び重篤な後遺症の発生確率の判定は倫理的判断においてもキーワードとなる。成育限界の法的解釈の意味は、超未熟児や胎児の倫理的議論において、我国の母体保護法で流産とされ得る在胎満22週以上か未満かが判断の要素となる。
 治療方針決定の過程で家族の意見・考えを聞くことは重要であり、原則的には可能な限り家族の意思に沿う。しかし新生児においては、問題が出生時に明らかとなることがほとんどで判断までの時間が短いことに加え、癌や脳梗塞のように一般の人にも耳慣れた疾患とは異なる髄膜瘤や18トリソミーのように、家族にとっては初めて耳にする疾患が少なくないところから、理解が不十分である場合が多い。それ故、多くの家族は医療者側の意見に同意することが多いのは当然で、ほとんどの場合既に決まっている医療者側の意見を家族に追認させる結果となり、家族は治療中止という重大な決定を自分がしたという心の重荷を一生持ち続ける。それは医療側が既に決めている決定を、トランプのババを家族に渡すようなものであり、その重荷は医療側が負うべきとの考えから、初期には「家族に最終決定を迫らない」ことを原則とした。しかし近年になって、家族もインターネットなどで迅速に簡単に医療情報にアクセスできることと、倫理のautonomyの原則に沿って苦しみながらも自分たちで決めることのメリットを考えて、家族の理解度や精神状態を勘案して最終判断を委ねるケースが増えてきている。
 医療側の意思統一は極めて重要で、一人の主治医や所長が決めるのではなく、カンファレンスを通じて可能な限りその児に関わるスタッフ全員の同意(unanimous agreement)を原則とする。その決定を全員に伝え徹底させるためと、責任の所在を明らかとするため、カンファレンスの決定を代弁する形でNICU責任者がみんなに伝え、全員がその方針に従う。安易にその決定を変えてはいけないが、例外的に臨床状態の大きな変化(予想外の改善や悪化)や本事例のごとく家族の意見が変わったことなどが明らかとなった時は、再びカンファレンスを行い、変更することが可能である。
 この様に述べてくると、一見厳しい面倒な手続きのように思えるであろうが、カンファレンスを重ねるごとにスタッフ間に共通の理解が積み重ねられ、日常の業務の中にルチーンのように溶け込んでゆくようになる。

生命倫理学基礎講座:予後不良新生児の家族との話し合いのガイドライン
 2004度の厚生労働省・成育医療研究事業「重症障害新生児医療のガイドライン及びハイリスク新生児の診断システムに関する総合的研究」(主任研究者:田村正徳)をベースに、「重篤な疾患を持つ新生児の家族と医療スタッフの話し合いのガイドライン」が作られた。以下にその10項目を示すが本文には、運用上の注意書きが多く添えられており、原文を参照されたい。(http://www.jpeds.or.jp/saisin/saisin_120808.pdf)

1.すべての新生児には、適切な医療と保護を受ける権利がある。
2.父母はこどもの養育に責任を負うものとして、こどもの治療方針を決定する権利と義  務を有する。
3.治療方針の決定は、「こどもの最善の利益」に基づくものでなければならない。
4.治療方針の決定過程においては、父母と医療スタッフとが十分な話し合いを持たなければならない。
5.医療スタッフは、父母と対等な立場での信頼関係の形成する
6.医療スタッフは、父母にこどもの医療に関する正確な情報を速やかに提供し、分かりやすく説明しなければならない。
7.医療スタッフは、チームの一員として、互いに意見や情報を交換し自らの感情を表出できる機会をもつべきである。
8.医師は最新の医学的情報とこどもの個別の病状に基づき、専門の異なる医師および他の職種のスタッフとも協議の上、予後を判定するべきである。
9.生命維持治療の差し控えや中止は、こどもの生命に不可逆的な結果をもたらす可能性が高いので、特に慎重に検討されなければならない。父母または医療スタッフが生命維持治療の差し控えや中止を提案する場合には、1から8の原則に従って、「こどもの最善の利益」について十分に話し合わなければならない。
(1)生命維持治療の差し控えや中止を検討する際は、こどもの治療に関わる、できる限り多くの医療スタッフが意見を交換するべきである。
(2)生命維持治療の差し控えや中止を検討する際は、父母との十分な話し合いが必要であり、医師だけでなくその他の医療スタッフが同席したうえで父母の気持ちを聞き、意思を確認する。
(3)生命維持治療の差し控えや中止を決定した場合は、それが「こどもの最善の利益」であると判断した根拠を、家族との話し合いの経過と内容とともに診療録に記載する。
(4)ひとたび治療の差し控えや中止が決定された後も、「こどもの最善の利益」にかなう医療を追求し、家族への最大限の支援がなされるべきである。
10.治療方針は、こどもの病状や父母の気持ちの変化に応じて見直されるべきである。医療スタッフはいつでも決定を見直す用意があることをあらかじめ父母に伝えておく必要がある。

 このガイドラインは「医療スタッフと両親の悩みの安易な解消や思考停止」を目的にしたものではなく、医療スタッフと家族がこどものためにしっかり悩みながら話し合うものである。本項で取り上げている所謂仁志田の基準は、クラス分けという基準でありガイドラインではない。それをガイドラインとしたことに、その運用上の様々な問題が生じている。ガイドラインとは指針と訳されているように、その医療の方向を示すものであり、具体的な微に入り細にわたって行うべきことを示すマニュアルではない。すなわち、羅針盤を見ながら正しい方向を探して進むように、自ら考えながら良い医療を求める手助けとなるものである。
 現代は、好むと好まざるに関わらず「どのような死がその患者に最も相応しいか」を考え行うことが医療の一部となっている。先行する所謂仁志田の基準と今回のガイドラインの違いは、前者が一施設において臨床上の必要に迫られて作成された倫理的考察による医療方針の決定に関するものであるが、後者は多分野の専門家のよって作成された医療者と家族の話し合いに焦点が絞られたものである。しかし共に、患者の最大の福祉を目的として作成されたものであることに変わりはない。
おわりに
 予後不良児の対応は、周産期・新生児医療において最も重要かつ焦眉の急(眉毛が焦げているような急なことの意味ですが、誤用だったら、緊急の課題、に代えてください)であるが、残念ながらまだ多くの施設ではキチンとした倫理的考察を加えた対応がなされていない。「仁志田の基準」の良い悪いや治療を止めることの是非ではなく、みんなで話し合う過程(倫理的カンファレンス)が大切なのである。是非今回の内容を参考に、その児に関わる医療スタッフが全員で、「児の最善の利益とはなにか」を真摯に考えていただきたい。


文献
*Hiroshi Nishida: Future ethical issues in Neonatology, A Japanese
Perspective, Seminars in Perinatology, 11(3): 274-278, 1987
*R Duff, A Cambell: Moral and ethical dilemma in the special care
nursery. New Engl J Med, 289:890,1974
*R Duff, A Cambell: On deciding the care of severely handicapped or
dying persons, with the particular reference to infants. Pediatrics,
57:487, 1976
*仁志田博司、山田多佳子、新井敏彦 他:新生児医療における倫理的観点からの意思決定(Medical Decision Making),日本新生児学会誌 23:337−341,1987
*仁志田博司:予後不良な新生児に対する倫理的観点からの医療方針決定の現状(母子センター5年間の死亡例の検討から)、生命倫理を問う(生命倫理学会誌1号):138−143,1991

*船戸正久:臨床倫理学の基本的考え方——胎児・新生児の人権と尊厳をどのように守るか? 日本未熟児新生児学会誌 23:16−24,2011
*山口三重子:重症障害新生児の治療をめぐる医療と法、医学書院出版サービス、2009

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第5章 胎児の成育限界を巡る生命倫理

はじめに
私が1968年に医師となった頃は、胎児は昏睡状態であると教えられた。人の人たる所以は有名なカントの「我思う故に我ある」によるならば、考える能力に達していない胎児は人になる以前と考えられるだろう。しかし近年の胎児医学の進歩は、これまで考えられていた以上に、胎児は脳を含めた多くの機能の面で発達しており、出生後に現れるほとんどの機能は既に供えられていることが明らかにされてきた。このことは、胎児は神が与えし命であり受胎の時から人である、といった観念的な考えとは別に、医学的にも「いつから胎児は人間とみなしうるレベルとなっているか」が真摯に議論されるようになった。その顕著な表れがFetus as a patient(胎児という患者)なる国際学会であり、その発足は既に20年前になる。
臨床の現場においては、胎児をどの時点から我々同様な人間としての生きる権利や医療を受ける権利を有するかを、医学的・社会的・法的さらに倫理的な観点から判断して人為的にある線を引かなればならない。それが成育限界であり、本項以後に触れる出生前診断や胎児治療を巡る倫理的議論の極めて重要なキーワードとなる。

事例: 妊娠21週に母体搬送されて妊娠22週3日で出生した超早産児
不妊症の治療を受けてようやく妊娠した42歳の妊婦。妊娠20週から近医に安静で入院中であったが21週0日で少量の出血が認められたので、周産期センターに入院依頼がなされた。周産期センターは満床状態であることと、21週で出産した場合の児の生存の可能性は極めて低く定義上も流産となるところから、22週まで妊娠継続した時点で搬送を考えるようにとの意見が伝えられた。しかし最初で最後のチャンスである貴重児であることから、両親の強い希望で母体搬送が行われた。入院時所見は、母親の呼吸心拍などのバイタルサインは落ち着いていたが、少量の性器出血と羊水流出が認められ、子宮口が2横指開大しており、腰部高位の体位で絶対安静とされた。また分娩監視装置上で軽度の子宮収縮が認められており、子宮収縮抑制剤(硫酸マグネシウムとウテメリンの併用)及び抗生物質が開始された。
その時点での家族への説明は、「感染が引き金となって早期陣発が起こったと考えられ治療を開始したが、22週前に出産になる可能性があり、その場合は流産とされる。さらに22週を越えても極めて早産で、救命の可能性が低いのみならず生存した場合の後遺症発生率が極めて高い。可能な限り妊娠継続に努めるが、22週以前に出産となった場合は特別な理由が無い限り積極的な蘇生は行わないが、22週以降の場合は一般的には治療を行うのが医療側の方針である。」というものであった。その時点で両親は「その方針にお任せします」と答えており、22週前に出生した場合は蘇生術を行わないことの家族の同意が得られていた。さらい妊娠継続が成功して22週を超えた時点で家族に改めて説明と同意を求め、出生時に積極的な蘇生術を含めた治療を行うこと、さらに帝王切開による分娩は母児両方の医学的利益を考えて、緊急の母体適応以外は行わないことを説明して同意の確認を行った。
母体にステロイド剤が投与された1週間後の妊娠22週3日に子宮口全開となり、新生児科医師を含めたチームが待機する中で頭位経腟分娩となった。Apgar Scoreは1及び5分後に3及び7点であり、直ちに挿管されNICU入院となった。入院後の経過は、呼吸窮迫症候群や動脈管開存などの急性期の医学的疾患を乗り越えたが、白質周囲軟化症(PVL)及び未熟網膜症(ROP)による後遺症が認められた。PVLはフォロアップで軽度の下肢の痙性麻痺が認められ、ROPは光凝固療法を受けたが弱視(眼鏡使用で0.1−2の視力)の視力障害を残した。
退院後の両親の児の状態に対する受け入れは良好で、長期の理学療法及び眼科的管理のフォロアップを受けており、将来的には養護学校および盲学校での児の教育・指導が必要な可能性を理解している。

「本症例の経過に対する生命倫理学的観点からの解説」:
 現在のわが国の母体保護法に記載されている成育限界は在胎満22週数相応とされているが、「満22週数以前なら医療の対象とならない、あるいは満22週数以降なら治療を開始しなければならない」という規定ではない。それは現在の周産期新生児医療の最先端における早産児の成育限界を示したもので、当該児の出生と医学的管理に関わる医療者が、児の状態や親の挙児希望に応じた倫理的観点から、専門家として医療方針を決定する目安にするものである。
 本事例は、不妊治療の結果ようやく出来た貴重児で親の挙児希望が強く、医学的なリスクの説明を理解したうえで治療が開始されている。妊娠満22週を過ぎたことが絶対的な条件ではないが、家族と医療者が同じ思いでそのハイリスクの期間を過ごしたことの意味は大きい。児は救命されたが障害を残した。しかし両親が理解し受け入れる限り、幸せな人生を進むことは十分可能であると考えられる。
 周産期新生児医療が進歩するに従い、このような事例が多くなっている。成育限界はall or none(イエスはノーか)の境界線ではないが、その週数前後の妊娠分娩では、生命と予後に関するリスクに関して、出生前から家族と医療者がどのような医学的対応を取るかを話し合っておく必要がある。
                                                                      
法的観点からの胎児の権利と保護 
法的な胎児の見方は、 生まれた後に十分生存して人としての権利を享有できる胎児であっても、母体内にある間は人とはみなされない。堕胎とは、「自然の分娩に先立って胎児を人工的に子宮外に排出すること」であるが、母体内の胎児を人工的に死に至らしめることも含まれ、違法に行われれば刑法上の堕胎罪となる。しかし妊婦の生命や健康の保護の目的で緊急避難的におこなわれる堕胎は、後に述べる成育限界を越えた胎児においても違法性がない。このことは、胎児は出生している我々の様な人のレベルの保護は受けていない。
刑法においては胎児そのものに対する犯罪は成立せず、母体を介する堕胎罪で胎児の生命が保護されている。例えば妊婦がピストルで撃たれて胎児のみ死亡した時は、胎児は母体の一部であり人ではない判断で、殺人罪ではなく堕胎罪で罰せられる。しかし医療ミスなどで、出生時に児に危害が加えられ死亡した場合には殺人罪が適応されうる。その判断は完全に出生した時か、一部でも胎児が胎外に露出した時か、判例で異なっている。また1988年の胎児性水俣病裁判は、母体の一部である胎児に障害が加えられたという解釈で業務上過失傷害の判決がなされたが、少なくとも生まれる前に加害を受けた児(胎児)が、出生後に損害賠償を請求できるという歴史的な判断であった。しかし、このような胎児への法的な配慮は、児が生きて生まれた時にのみ可能であり、胎児期に死亡した場合は発生しない。
民法においても、人としての権利は生まれた後に発生するので、胎児は原則としてその保護の対象とならない。しかし民法第886条(胎児の相続権)では、相続権は出生で始まるとされているところから、その意味で順調な経過の胎児に対する配慮が払われる。
次に述べる母体保護法では、満22未満の胎児は流産とされ出生届(名前を付け戸籍に登録される)の義務はないが、死体解剖保存法によって妊娠12週以降の死児は死体であり届出と埋葬を義務付けている。なぜ医学的な成育限界を大きく下回っている死児にそのような法的義務を課しているのかは、妊娠分娩という人間の基本的な営みを管轄する社会行政的な意味以外に、中国の古典に「3か月までの胎児は血であるが、4か月以降は肉となる」と記載されていることから、そのような小さな胎児であっても我々とのつながりを無視しない、人間としての倫理的判断があるからであろう。
これまでの医療現場では、死産・流産に対しては医療者が新生児の死とは全く異なった対応を取っており、母親の心の悲しみに思い至ることがほとんど無かった。近年インターネットで知り合った胎児を失った母親たちが、自分たちの体験を綴って本とした「誕生死」が話題になったことなどから、「周産期の死」」が看護の対象として認識されるようになった。死産の児を母親に抱かせたり、思い出として遺髪をわたすなど、悲しみに対応するグリーフケアが多くの産科施設で行われるようになった。また外国人が奇異に思っている「水子供養」が単に商業的な意図で行われているのではなく、死産・流産で亡くなった子どもに対する思いからであり、我国特有の共に生きるあたたかい心の文化の表れの一つと考える。

母体保護法とは
母体保護法は1996年に当時の日本母性保護医師会(現在の日本産婦人科医会)の坂元正一会長らの努力によって、悪名高い優生保護法から改正されたものである。優生保護法は、その名の如く優秀な国民を産み育てる目的で命を選別する優生思想が背景にあり、その適応条項には精神疾患も含まれていた。しかしその改訂は残念ながらまだ不十分で、お互いに支え合うことが十分可能な豊かな社会となっているのに経済的適応が残されており、安易に人工絶を容認する方便を残している。また胎児適応が加えられていないところから、出生前診断された無脳児などの例も、母親が精神的に耐えられない、という理由で母体適応にすり替えられている。
母体保護法では、人口妊娠中絶とは「胎児が母体外で生命を保続することが出来ない時期(成育限界以前)」に胎児及びその付属物を母体外に出す行為と定義されている。成育限界以前の分娩は流産であるが、その時期以降の妊娠の中断は誘導分娩となり死産となり、周産期統計に加えられる。人口妊娠中絶の適応は、妊娠の継続が医学的理由あるいは経済的理由で母体の健康を著しく害する恐れがある時、および暴行・脅迫による妊娠の時であるが、前述のごとく出生前診断が進歩した現在においても胎児適応の項目はない。人口妊娠中絶が認められている「胎児が母体外で生命を保続することが出来ない時期」は、法律文そのものはかわらないが医学の進歩に伴って変えられ、付帯する通達によって現在は妊娠満22週未満相応とされている。
母体保護法には胎児適応がなく、また母体適応あるいは社会的適応で成育限界以前の中絶が認められていることは、胎児の人権は認められていないことを意味する。欧米では、胎児を一つの命(一人の人間)としてその権利を守るpro-life(生命を守る原則論)と、母親の産むか産まないかは女性の選ぶ権利であるというpro-choice(生殖に関わる自己決定権)の意見が戦わされている。さらにまだ例外的であるが、妊婦が胎児に有害なアルコールや薬物を乱用した事例において、親は児の生命と健康を守る義務があるという観点から、虐待防止法の拡大解釈で医療と司法が妊婦の自由度に介入することさえ論じられている。
それに対し我国においては、この連載の「子どもを巡る生命倫理:5・6月号」で解説した如く、治療可能な重篤な疾患を持った新生児の生死の判断においてさえ、子どもの生きる権利が親権を凌駕することは例外的であり、胎児の権利が親の権利と同じ土俵で議論される時代にはなっていない。次号の出生前診断の倫理的問題で触れるが、ダウン症などが出生前診断された場合、胎児の生きる権利の議論と母親の選ぶ権利の確執の議論の前に、インフームドコンセントがなされなかったことにより母親の生殖に関わる自己決定権が侵害された、と産科医が訴えられる問題が生じている。

成育限界(viability limit)とは
現在のWHOの国際疾病分類(ICD−10)におけるlive birth(生産)の定義は、「在胎週数に関わらず出生時に生命徴候が認めら場合:any evidence of life at birth, regardless of gestational age」とされている。生命徴候とは心拍・呼吸・体の動きなどであり、在胎20週以下の流産児でも短い時間ながら認められ得る。その定義を臨床に適応して数分生きた児をlive birth(生産)として扱うならば、法的に出産届を出して名前を付けて戸籍に載せると同時に死亡届も出さなければならない。母体保護法の「胎児が母体外で生命を保続することが出来ない時期」の「生命の保続」の意味が曖昧であるが、WHOの定義に類似した意味合いと考えれば、生きる期間や生命の質に無関係に単に母体外で生きることのできる限界の「生存限界」といえよう。
それに対し、世界的に有名なウエブスター辞書の胎児に関するViability of fetusの記載は、胎児が単に生きて産まれるだけでなく正常に発育・発達する能力、とされており「成育限界」と言える。viable seedとは単に生きている種ではなく、芽を出し花が咲き実を結ぶ能力がある種である。また移植の際のviable skinとは、移植後にキチンと定着する能力のある皮膚の意味である。このviability limit「成育限界」こそが、我々が臨床現場で、どのくらい未熟な早産の児に積極的な医療を開始するか、のキーワードと考える。(表1)
 当然のことながら成育限界は、わが国の周産期・新生児医療のレベルでどのくらい小さな子供が助かるか、に基づいて規定される。1976年に旧優生保護法の事務次官通知で「満24週未満」とされていた“いわゆる成育限界”が、1991年に「満22週未満」と改められた。おれは1989年にWHOが、これまでの周産期の定義を「妊娠満28週から出生後7日目」から「妊娠満22週から出生後7日目」に変えたことに連動して厚生省から学会に諮問があり、我国のデーター上からも在胎満22週の児の生存が記録されている回答がなされた背景がある。
しかし当時の東京女子医大のデータでは在胎24週を越えれば75%以上の生存率であったが、22−23週は生存が例外的であるのみならず後遺症発生率も高かったので、その改訂に際しては厚生省保健医療局精神保健課長(当時はまだ優生保護法で精神疾患が人工妊娠中絶の適応となっていた時代であったことを物語る)による、異例の新しい改定に関する注意のような解説の通達がなされた。それは「胎児が母体外で生命を保続することが出来ない時期」を、1例でも生存可能な時期と解釈すれば現在のデータでは妊娠満22週が相当である、とするものであった。しかしそれは高度な医療施設において可能であり、そのような児に医療を行うかの判断は現場の医療者に委ねられる、とした。このことは、22週であれば全員救命措置を開始しなければならないという、誤った認識による現場の混乱を正す目的であった。1996年に優生保護法から母体保護法に変わったが、成育限界は妊娠満22週未満のまま継承されている。しかし近年は22−23週の児の生存率の向上が認められているところから、近い将来に満21週未満と、その更なる改訂の可能性が論議されるであろう。

成育限界を議論する意義
 既に述べた如く、成育限界はViability が意味する如く、単に命を永らえることではなく、その児は我々同様な社会の一員になり得る能力を有していることを意味する。それを医学的観点から議論して定めておくことには、以下のような意義がある。

  • その時代の医療レベルで成育可能な児の命を守る。

成育限界を知らない医療者が、こんな小さい未熟な児を助けて意味がないと、例えば27週の900グラムの児に治療を行わないことが21世紀に起こってはいけない。

  • 成育の可能性のない早産児に無駄な苦しいだけの医療を行うことを防ぐ。

 成育限界を知らない若い医師が、19週の200グラムの児(定義上は流産児)に英雄的な気持ちで医療を行うことは、児と家族と社会にマイナスになるだけである。

  • 人工妊娠中絶が法的に認められる時期を医学的な観点から明らかにする

 その時代及びその国によって異なるが、少なくとも医学的データからその根拠を示しておくことは重要である。

  • 周産期および新生児データを各国や各施設間で比較する際の共通の基準として。

 周産期や新生児死亡率などをお互いに比較し、改善の糧とすることは重要であるが、その際に対象とする児の在胎週数を定める基準が適切な成育限界である。

 上記の議論を纏めれば、どのくらい未熟な児を医療の対象とするかである。かっては、医療の対象として「どのくらい小さな子は小さすぎるか(How small is too small?)」であったが、出生体重より在胎週数がより的確に成育限界を反映することが明らかとなったので、「どのくらい未熟(早産)であれば未熟すぎるか(How premature is too premature?)」、が医学的にはより適切である。

実際の臨床の場で成育限界をどのように考えるか
 これまで述べたように、成育限界を考える際には医学的な観点からがその中心となるが、表Uに示す観点も考慮しなければならない。倫理的観点からは、これまでの倫理学の原則の解説で明らかであろう。また法的観点からの議論も、本項で述べられている母体保護法の人工妊娠中絶が許される妊娠週数に関与する。社会経済的な観点からは、限られた医療資源の有効な利用の為には、助かる確率が低くかつ障害発生率も高くなるのはどのような在胎週数からか、などが議論される。このような、医学的観点からの成育限界とは異なる社会的観点からの成育限界を、以下に解説する。
 
 妊娠と児の出生は、愛する夫婦が住む北海道の山に中でも沖縄の小さ島でも起こる。その時に生まれた未熟児に対し、東京女子医大で24週の500グラムの早産児が助かるなら、全ての生まれてくる超早産児にその成育限界を使用すべき、という考えが適切でないことは理解できるであろう。医学的成育限界とは、その時代の最先端の医療で対応できる早産児を対象とした成育限界であり、現在の我国では在胎週数22週前後である。今回の事例では、家族にとって最初で最後の親になるチャンスであり、最新の医療を求めて努力することは理解できるであろう。しかし親が希望しても、医学的成育限界から大きく外れた在胎20週の児に積極的な医療を行うことは、児に痛みを与えるだけでなく限られた医療資源の浪費であり、無益な(futile)治療であり倫理的に正しくない、と判断される。
 一方、離島であっても状態の良い32週の1500グラムの児が生まれた場合は、たとえ高額な費用が掛かろうとも、ヘリコプターでNICUを有するセンターに搬送すべきであり、それは社会的成育限界を越えているとの判断による。このことは、海や山で遭難した人を、何人もの人が数日間も膨大な費用を懸けて捜索活動をするのと同様な考え方であり、それは遭難した人は共に生きる私たちの社会の仲間である、という論理である。現在のわが国の社会的成育限界は、医学的成育限界より漠然としているが、ほぼ28−32週(出生体重1000−1500グラム)程度であろう。
この医学的成育限界と社会的成育限界を使い分ける例をあげよう。私の親友であった国立長崎病院の増本義はアメリカの新生児医療の専門医を持っており、当時の彼の施設での医学的成育限界は出生体重1000グラムであったが、1980年代前半の時期は、超低出生体重児に人工換気を用いた医療を行わなかった。その理由は当時の彼の施設には人工呼吸器が1台しかない為、超低出生体重児は平均2週間人工換気療法を必要とするところから、その間に救命の可能性のより高い児が何人死亡するかを計算した結果からの判断であった。すなわち当時の国立長崎病院においてが、社会的成育限界は出生体重1000グラムであったと言えるであろう。
 
倫理学基礎講座(5):胎児はいつから人とみなされるか

  • 胎児から人へのドラマチックな転機は出生の時

一個の受精卵が母体内で平均285日の在胎期間(母から見れば妊娠期間)に、胎芽期を経て胎児になる過程を個体発生と呼ぶが、それはこの地球の原始の海で最初の生命体が生まれ、約35億年の進化の過程で人類となった系統発生を繰り返した結果である。(個体発生は系統発生の速やかな繰り返し:Ernst Haeckel) 最も進化の過程の中でドラマチックな出来事は、約1億5千万年前に私たちの祖先が海から陸に上がった時であり、それは胎児が羊水という原始の海に似た環境から、大気に囲まれた子宮外に出た出生の時である。その意味で、胎児はいつから人になるか、の答えの一つが生まれた時、といえる。
法的な解釈の多くが、出生を境に胎児に人として権利が認められように、これまで目に見えずどんな状態か不明であった胎児を人と認めることが出来なかったことは当然であろう。しかし、超音波などの進歩により、出生前の胎児の発育の様子が観察されるようになり、胎児も我々と同様の能力を持っていることが明らかとなり、単に胎児だからと切り離すことが医学的にも生命倫理学的にも適切でない、と考えられる時代となり、いつから胎児は人とみなすべきか、の議論が起こった。

  • 生命の始まりから人間とみなせる発生学的レベルに達した時

カソリックでは受胎の瞬間から人としての生命が始まるとされ、中絶のみならず避妊も教義に反すると言われていた。受精卵を出生前診断や分子生物学的研究に用いることの倫理学的議論は、人として命の始まりをいつとするか、の考え方によるものであり、近年のiPS細胞が研究や医療に用いられることが倫理的に可能となったのは、受精卵からのES細胞でないからという解釈である。
受精卵が倍々と分裂した8細胞期胚までは、その各々が全ての臓器になる能力を有し同一の個体(クローン)となり得る。この時期が生命体発生の分岐点で、出生前診断などへの使用はこの時期までとされ、さらに8分割以降の受精卵の管理にはより厳しい倫理的規制が課せられているのは、既に人のどの臓器になるかまで発達しているから、という判断である。
また1984年の有名なウオーノックの「受精卵の取り扱いについての勧告」では、原始線条(内胚葉と外胚葉の間に出来る溝で個体の頭部と尾部さらに体の左右が定まる)が形成される受精後15日頃(妊娠週数では4週頃:その理由は胎児の在胎週数は習慣的に最終月経第一日目から起算するので、通常の28日型生理とすると2週間遅れてから受胎となる)を人としての形成の始まりとしている。また脳幹などの中枢神経系が形成され動きなどが観察されるのは妊娠9週頃であり、それ以後は胎児(それ以前は胎芽)と呼ばれるところから、その頃が人としての始まりの時期という考えもある。

  • 子宮外で人間のレベルに発育発達する能力を獲得した時

人の尊厳に抵触しうる出生前診断や研究レベルおいては、これまで述べた発生学的知識に基づいた倫理的議論が必要なるが、周産期新生児医療の現場における、胎児はいつから人とみなせるか、のキーワードは成育限界である。ちなみに生育限界という言葉もあるが、その場合は「生命の質や時間的長さに関わらず子宮外で生きることが出来る限界」の意味で「生存限界」と同義である。
繰り返すが,成育限界は単に生きるだけでなく、種が花を咲かせ実を結ぶように、成長発育する能力を有する意味である。さらに「人間のレベルに発育発達する能力」の意味は、人という生物学的生き物のレベルを超え仲間と共に生きる能力を持つ人間のレベルになる、ことである。それは私たちの祖先が進化の過程で勝ち得たものであり、倫理の「倫」の意味も「仲間」であることを考えれば、単に胎児や超早産児が助かって生きる限界、を語っているのではないことが理解できるであろう。

おわりに
我国は新生児医療の中で未熟児の成績が世界のトップクラスであるが、その理由は医療水準が高いだけでなく、欧米諸国が見はなすような超早産児に対しても、いわゆる社会ダーイズム(強いものが生き残るのが社会にとっては善である、とする考え)に囚われない、自分たちの仲間であり可能な限りの医療を、という思考過程があるからである。当然のことながら医療の限界があるが、それに対するキーワードが成育限界であり、そこには共に生きる倫理感が加えられている。
本項で述べられた成育限界の考え方は、産科側と新生児側のせめぎ合いから周産期医療を進歩させる牽引力(driving force)となっているが、同時に次号から解説する成育補助医療や出生前診断などにおいても、重要となることを付言する。

参考文献

  • 仁志田博司:胎児はいつから人とみなされるか(第4章、p75−94)、出生をめぐるバイオエシックス:仁志田博司(編)、メジカルビュー社1999年、
  • 加部一彦:超低出生体重児の成育限界を巡って、(第4章、p33−49)、シリーズ生命倫理第7巻(編 家永 登・仁志田博司)、丸善出版、2012年
  • 服部篤美:法律学からみた母体内にある出生前の生命保護、(第9章、p99−114)、シリーズ生命倫理第7巻(編 家永 登・仁志田博司)、丸善出版、2012年
  • 仁志田博司:新生児の立場からみた優生保護法の改訂、特に成育限界に関して、日本医師会誌 106(2):177−181,1991
  • 仁志田博司:生存限界と成育限界の意味するところを正しく理解するために、小児科 46:2079−86、2005

 

      表

表T:成育限界 (Viability Limit )

 Viable:  vite = life(生きる)+  able (可能):(生きることが出来る)

viable fetus: having attained such form and development of organs
as to be normally capable of living outside the uterus
(成育可能な胎児:各臓器の形態と発育が子宮外で正常に生きることが出来るだけに達している胎児)

  (Webster’s 3rd edition New International Dictionary,  p 2548 より抜粋)

        
  
表U:成育限界を考える際の観点

  • 医学的観点   

:小さすぎる(技術的限界)・未熟すぎる(生理学的限界)

  • 社会経済的観点 

:生存率や障害発生率が高すぎる・それによる経済的負担が高すぎる

  • 法律的観点   

:人工妊娠中絶の法的根拠・母と子の権利の競合

  • 生命倫理的観点

:超早産児でも生きる権利・尊厳を持って死ぬ権利

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第6章 出生前診断のもたらす倫理的問題

はじめに
これまで生まれて来るまでは子どもの性別さえ分からない時代から、超音波検査を含めた画像診断及びDNA検査の進歩により、生まれて来る子どもの疾患の8割は出生前に診断可能な時代となっている。その多くは、早期から診断されることによって良い医学的管理を可能とする意味があるが、生まれてくる子どもの病気が治療困難か予後が極めて重篤である場合に、どのように対応するかの倫理的問題が生じてくる。私と共に早稲田大学木村利人教授門下生であった生命倫理学者の河原直人は、出生前診断を巡る倫理的考察と議論こそ生命倫理の真髄に関わるものである、と述べている。
本章では、出生前診断の医学的観点からのメリットや問題点にはあまり触れず、それがもたらす倫理的面について一緒に考えてみよう。特に臨床上議論の的となっている、通常の妊婦健診で行われている超音波検査により偶発的に見つかった胎児の異常の取り扱いと、近年わが国にも導入された母体血からの染色体異常スクリーニングの倫理的問題を解説する。

出生前診断とは
出生前診断は生まれて来る児の状態や疾患の有無を予め評価することであり、広い意味では遺伝相談による児の異常発生の確率予想までも含まれる。しかし一般的には実際の妊娠・分娩に直接かかわる医療行為によるもので、受精卵診断(着床前なので着床前診断ともよばれる)・母体血や羊水などの検査による胎児異常の診断・超音波などによる胎児の評価(胎児診断)など、を出生前診断と呼ぶ。
生まれる前に起こる病気(先天性疾患)は、遺伝子病(異常な遺伝子によりメンデルの法則に従って遺伝する:筋ジストロフィー等)・染色体異常(遺伝子の塊である染色体の異常で多くは受胎時に偶発的に起こる:ダウン症等)・胎芽病(受精卵から胎芽となる過程の発生学的異常による:二分脊椎等)・胎児病(子宮内で胎児に加わる異常による:先天性風疹症候群や羊水過少による肺低形成等)があり、先天性と呼ばれてもすべてが遺伝性ではないので、遺伝子診断は出生前診断の一部に過ぎないことを理解する。
出生前診断の範疇には、多胎かどうかという初歩的なものを含め、胎児の発育が順調であるか、胎児の状態は良好か(well being)、といった一般的な妊婦健診に含まれる内容のものがある。それらは生まれた後の子どもの医療と同様な意味で、胎児という子どもの臨床的評価であり、生まれる前にたまたま異常が見つかれば、出生前診断とよばれよう。その中で、一般的な妊婦健診に行われている超音波検査による胎児評価によって、これまで見つからなかった胎児の異常(多くは形態学的異常)が稀ならず出生前診断されるようになった。諸外国では超音波技師が限られた事例に行うが、日本では産科医や助産師が、自ら超音波機器を使いこなして日常的に妊婦健診をしている。明らかな心奇形など出生前診断され、適切な医療管理が行われるプラスの面がある反面、正常とは言えないが臨床的に問題となる可能性は少なく、妊婦にとっては必ずしも知らなくてよい所見が認められた時、どのように対応すべきか、倫理的考察の必要が生じている。
出生前診断の最も重要な倫理的問題は高度な異常が診断された時の対応で、選別(中絶によって産まない)という優生思想の関わりを避けて通ることは出来ない。項を改めて解説する。

事例:42歳の高齢出産の母親と十二指腸閉鎖を合併したダウン症候群の児
妊婦は既に二人の健康な8歳と4歳の男児を出産しているが、可能なら女児が欲しいと思っていたところ自然妊娠となり、妊娠6週で掛かりつけの産科医を受診した。医師は高齢妊娠であるところから、染色体異常のリスクが高い(特にダウン症候群は1/80-100と若年妊娠の10-20倍となる)ことを説明し、出生前診断を受けることを薦めた。母親は信頼している受け持ち医師の話に耳を傾け、その幾つかの方法に関して医師の意見を求めた。医師は、最も母児共に侵襲が少ないのは母体からの採血で調べる方法であるが、血清マーカー(後に解説)は精度とその評価に問題があると考えており個人的には薦めていないが、最近わが国でも幾つかの基幹病院で可能となった母体採血で胎児由来のDNAを検査する出生前診断法(後に解説)は、母親は適応となる年齢なので受けることが可能である、と説明した。しかし妊婦は、その検査費用が20万円以上掛かることと、陽性の場合は羊水検査を受ける必要があるところから、妊娠週数が16週頃に羊水検査を受けることを選んだ。妊娠12週で定期的な妊婦健診で受けた超音波検査で、胎児頸部皮下貯留液最大幅(nuchal translucency: NT)が5.0mmの厚さで認められ、ダウン症の可能性が高いことが告げられた。ところが妊婦は、「高齢なのでそのリスクが高いこと承知していたが授かった子供であり、たとえ胎児がダウン症であっても自然経過に任せて産むつもりである、」と語った。医師は、「妊娠16週に予定されている羊水穿刺は侵襲的であり、1%の流産の可能性があることから、診断に関わらず妊娠を継続するつもりなら羊水検査は受けなくてもいいのではないか、」と話したところ、妊婦は、「生まれる前からダウン症であることが分かれば、ダウン症の勉強や受け入れの準備をするつもりである、」と答えた。
羊水検査の結果は21トリソミー(ダウン症候群)であったが、通常の妊婦健診を続け、経過中の超音波所見で心奇形などの異常所見は認められずNTも次第に消失した。羊水過多の所見が認められたが、妊娠継続に問題をきたすほどではなく、妊娠38週で陣発が認められ前回帝王切開の適応で帝切分娩となり、出生1及び5分後のアプガースコアは8及び9点で、出生体重2850グラムの待望の女児であった。軽度の筋緊張低下、うなじの皮膚の弛み、ダウン様顔貌以外特筆すべき異常が認められず、出生直後から母児同室となった。生後一日目から嘔吐が認められ、ダウン症であるところから十二指腸閉鎖が疑われた。第2生日に上部消化管造影で診断が確定し直ちに手術的治療が行われ、生後七日目には再び母子同室となり母乳指導を受けて退院となった。両親はダウン症のことを良く理解していたが長期的な経過などに不安があり、退院前から臨床心理士やダウン症の家族の会を紹介され、そのサポートを受ける体制が整えられた。その後の外来フォローでは、上の二人の兄にも可愛がられて、ダウン症ながら大きな齟齬なく経過していった。
事例の解説:染色体異常の発生は妊婦の年齢に応じて高くなり、特にダウン症候群は20歳では1/1177であるが40歳では1/86と約14倍になることが知られている(表 1)。その理由は卵子の加齢によるものである。女性は既に胎児時から卵巣に卵子の基となる卵原細胞が形成されており、それが思春期になって排卵が起こる際の減数分裂(体細胞分裂と異なり、二つに分かれた染色体が各々一個ずつに分かれて染色体数が半分の23の生殖細胞となり、そのような卵子と精子が受胎して元の染色体数46となる)が、卵原細胞が老化すると卵子になる為の染色体の減数分裂が上手くいかず、不分離という現象が起こって一方は染色体が一つ多いトリソミーの原因となる。一方男性の精原細胞も減数分裂によって精子になるので同様なことが起こる可能性があるが、精原細胞は出生後も新しく作り出され続けることと、数億の精子の中で卵子に辿り着いて受精に至るのは1個だけであり、異常な精子はその過程で淘汰されるところから、男性の年齢がトリソミーの原因になる可能性は無視できる。
この妊婦は42歳と高齢妊娠のハイリスクであり、医療者はその医学的事実を妊婦に伝える責任がある。それにどのように対応するかは母親の自由意思(生命倫理の原則のautonomy 自律性)であり、この妊婦のようにダウン症であっても挙児を希望する選択がありうる。我国でもダウン症への理解が進み偏見が少なくなったことから、この母親のような例が増えている。妊婦は出生前診断を受けることを前向きにとらえているが、母親の血液検査によるスクリーニング目的の検査(後に解説)は、ダウン症でも産むことを決めているので無用であり、確定診断の羊水検査を選んだのは当然であった。
私が1970年後半に北里大学で産婦人科の前田医師と共に遺伝相談外来を始めたころは、羊水検査は「染色体異常があった場合は妊娠を中絶する前提」で行われていた。すなわち当時は今回のように、妊娠は継続するがダウン症であるかどうかを知りたい、という理由は受け付けなかった。この妊婦は、自分が高齢妊娠でダウン症の児を出産する可能性が高いことを知っていながら、その場合でもダウン症を受け入れる考えで妊娠している。勿論ダウン症には心奇形などの重篤な先天異常を合併するリスクも高く、全てこの事例のようにスムーズにいくとは限らないが、妊娠中絶に踏み切るのは、ダウン症というだけでなく合併する奇形の重症度による倫理的判断が行われるべきである。本事例もダウン症に合併する頻度が高い消化管奇形である十二指腸閉鎖であったが、十二指腸閉鎖そのものは比較的簡単な外科的手術で根治する疾患であり、その合併のみでダウン症児の予後を左右するものではない。
この家族、特に母親は良くダウン症自体を理解していたが、自分達が先に年を取ってしまうので長期的なダウン症の児の支援体制などの不安を持つのは当然であり、その意味で医療的な面のみならず社会的な支援グループとの接触は重要である。我国はまだ欧米諸国に比べ遺伝カウンセラーや障害児のサポートシステムが十分確立していないが、幸い退院前から家族と児を支援する重要性に関する配慮もなされていた。
ほとんどのダウン症は発達障害を伴うがその程度には差があり、音楽・絵画・書道などの芸術面で優れた才能を持っている者が少なくない。それ以上にニコニコと相手にやさしい性格がむしろ特徴的で、エンジェルベビーとよばれている。事実本児は家族の一員として受け入れられており、むしろダウン症の弟を持つことで二人の兄に、共に生きるあたたかい心を育む上でプラスの効果を生み出していると考えられる。

出生前診断の方法と倫理的観点からの評価
 出生前診断には多くの手技や方法があるが、表2は理解し易いように行われる時期とその目的で分類したものである。出生前診断はスクリーニング検査と確定診断検査に分けられ、前者は一般の妊婦を対象に超音波や母体血で行う検査で、後者はハイリスク妊婦を対象に胎児由来の検体を採取した検査、および形態異常の事例ではMRIや3D超音波検査を行う。ハイリスクとは、妊娠歴や家族歴から遺伝性疾患が疑われる場合と、スクリーニング検査で異常の可能性が見つかった場合である。それ故、一般的には出生前診断はスクリーニング検査と確定診断検査の2段構えのシステムが取られる。

  1. 遺伝相談(遺伝カウセリング)

遺伝カウセリングにおいて、家族歴や過去の分娩歴からクライアント(受診者)となる妊婦が遺伝性疾患のキャリアー(保因者)である可能性が高い場合は、妊婦と配偶者のDNA検査によって、過去に発生したと同じような遺伝性疾患が生まれる可能性や確率が検査できる。例えばダウン症を前回出産した場合、21番目の染色体全体が3個ある通常例の21トリソミー(regular trisomy)は、 その妊娠の時に偶発的に起こったもので遺伝性が無く発生する確率は一般妊婦とほぼ同じである。もし転座型の21トリソミーの場合は、やはり偶発性のものが多いが両親の染色体検査を行い、どちらかがキャリアーである場合は、出生前診断が薦められる。遺伝カウセリングによる両親の染色体やDNA検査のレベルは、多くはこれから妊娠する児のことであり、実際に妊婦に行われる出生前診断に比べて大きな倫理的問題は生じない。しかしキャリアであることをクライアントに告げることや、結果によっては生まれる可能性のある生命を左右することであり、学問的のみならず生命倫理的素養を持った遺伝カウセラーの養成が必要である。 

  1. 受精卵(着床前)診断

受精卵はすでに両親から独立した一個の生命体の始まりと考えれば、異常が見つかった時に受精卵を排除するのは命の選別に繋がるという議論が生じる。さらに高度な技術操作が加わるところから生命を弄ぶという嫌悪感が持たれうるので、受精卵診断の適応には社会的コンセンサスを得る必要がある。
受精卵が4分割の時点でその1/4の部分を使って遺伝子診断を行い、残りの3/4の受精卵で胎外受精をすることの危惧があったが医学的にはクリアされている。この技術によって、妊娠後に胎児を中絶する医学的・心理的負担が避けられるメリットがあり、関連学会などは実施者・施設・適応・遺伝カウンセラーなどの支援組織などに厳格な条件を設定して、限られた高度医療施設における実施を認める方針である。しかし倫理的には、命の始まりに人工的な手を加えることへの違和感と優生学的選別の思想が議論となる。特にドイツは過去のナチス時代の教訓から、優生思想や障害児への差別のレベルを超えた「生命・人間の尊厳」に抵触した「胚保護法」があり、胚(受精卵)に人為的操作を加えることを禁じていた。一方、母体に採卵以外の負荷が掛からないので、重篤な遺伝性疾患に適応するという規制の枠が緩み、軽微な異常さらにはより元気な子ども、と適応が広がる滑りやすい坂(スリッパリースロープ:基礎講座参照)に陥る危険性をはらんでいる。すなわち他の出生前診断が「どのような子が生まれないようにするか」であるが、受精卵診断は「どのような子を産むか」であるともいえるところから、その典型がまだ小説の世界であるがデザイナーベビーと呼ばれる親が望むような子どもの選択となりうる。デザイナーベビーに類似した出生の選別の例として、重症免疫不全の子どもを救うため正常な同胞を骨髄移植目的で出産した例が知られているが、ある目的で人為的に子どもが生み出されることは、「命・人間の尊厳」の倫理的原則からは外れる行為と見なされるであろう。

  1. 母体血清中の胎児胎盤由来の化学物質の評価による胎児診断

トリプルマーカー検査(αfetoprotein, human chorionic gonadotropin, estriolの3種類)さらにクアトロマーカ検査(さらにinhibinを加えた4種類 )は、それらの血清濃度の測定値からダウン症の発生確率が算定されるものである。もともと、この検査法は髄膜瘤の発生頻度が日本の3倍以上であったアイルランドで、そのスクリーニング法として開発され、ほぼ全例の妊婦に行われていたところ、たまたまダウン症においてもそれらの値が高いことが見つかり、ダウン症のスクリーニングも兼ねる使用法となった。我国にも導入されたが、感度・精度が確立のレベルであり、我国では遺伝カウンセラーによるサポートシステムが十分確立していないところから、陽性の判定の場合(偽陽性も含まれる)に安易に妊娠を諦めるマイナスの傾向があるところから、学会などからガイドラインや注意を促す勧告が出された(厚生科学審議会の出生前診断に関する専門部会:母体血清マーカーに関する見解、1999)。
この母体血清マーカーによる出生前診断法はイギリスや米国でほぼルチーンのように普及しているが、その背景にはダウン症だけでなく同時に二分脊椎を同時に検査対象とするからであり、それらの障害児出生を減らすことの国家的利益という欧米文化のpragmatism (功利性)いう理由もあることを忘れてはいけない。我国では、二分脊椎の発生頻度がイギリス人ほど高くないことと、ほぼルチーンに妊婦健診で行われている超音波検査で二分脊椎が出生前診断可能であることに加え、前述の如く安易に偽陽性でも中絶される可能性があるところから、日本人類遺伝学会は,「@医療者がこの検査を薦めたり宣伝するような活動を戒め、A妊婦が希望する場合はICを取り、B検査の前に遺伝カンセリングを義務づけ、Cリスクが高い判定の時は必ず羊水検査により確定診断が必要なことを理解させる」などを含んだガイドラインを出している。日本産婦人科学会もこの検査には後ろ向きの対応であったが、2011年の改訂では、この検査に対する社会的な認識が進み、カンセリング体制も整ってきたと、妊婦にその検査の存在を知らせ方向の勧告に変わってきている。
しかし、単に医療の進歩だからと欧米に追従する学会の姿勢は、異なった死生観や家族・親子の絆等に根ざした我国の倫理観への配慮に欠けていると考えられる。さらに二分脊椎のスクリーニングの研究から生まれ、その功利性故に国家や学会が全国規模に導入した欧米と異なり、わが国では企業の宣伝が先導してある程度の広まりを見せたことにも違和感を持つ医療者は少なくない。勿論母子に非侵襲的な検査であり、国家あるいは学会規模で遺伝カウセリングを含めたバックアップ体制を構築して全妊婦を対象にスクリーニング検査として導入するなら、それなりの学問的福音が妊婦にも及ぶであろうが、現在のハイリスク妊婦を対象として散発的に行われるレベルでは、ハイリスクと判定された妊婦はさらに羊水検査等の確定検査を受けなければならず、さらにロウリスクとの判定でも一抹の不安を持って妊娠を継続するところから、超音波妊婦健診がルチーンとなっているわが国では、その出生前診断検査としての価値は高くないと考える。

  1. 無侵襲的出生前遺伝学的検査 (non-invasive prenatal genetic testing:NIPT、母体血中の胎児DNA検査、母体血中の胎児染色体検査)

この出生前診断法も血清マーカーによる検査と同等に母体の採血だけですむところから、胎児には無侵襲であるという意味で「無侵襲的出生前遺伝学的検査」の名称で呼ばれる。しかし、陽性の場合は羊水検査という侵襲的検査が確定診断として必須であり、あえて無侵襲的と呼ぶのは被験者に安心感を与える為の恣意的な意図が感じられるところから、個人的には「母体血中の胎児DNA検査」、あるいは現時点では個々のDNAの遺伝子検査を行うのではなく、染色体異常の有無を調べるところから「母体血中の胎児染色体検査」と呼ぶべきと考える。さらにマスコミが付けた新型出生前診断なる名称が出回っているが、これは正に悩んでいる妊婦へ新しい医学の進歩の福音の様な印象さえ与えるものであり、用いるべきでない。我国ではこのようなマスコミの取りあつかいから、本当に必要とするハイリスク妊婦のみならず一般の妊婦まで、この検査法が異常児のスクリーニングが簡単にできる方法と受け取られがちである。
なぜ母体血で検査が出来るのかを説明すると、胎児と母体を結び付けている胎盤の解剖学的構造を思い出せば、絨毛(胎児の組織である)は母体血と接してガス交換や母体から栄養分を取り胎児の老廃物を排出しているので、正常の妊娠であっても母体血中に胎児細胞成分が混じることは十分理解できるであろう。古くから、臨床的に胎児貧血となる胎児母体輸血症候群(fetal-maternal transfusion syndrome)だけでなく、正常な状態でも極少量の胎児血が母体血に混入していることは知られていた。しかし混入する胎児細胞は極めて少量であり、胎児細胞そのものを調べる方法は一般的検査ではなかった。ところが1997年に高速遺伝子配列解読装置によってDNA分析能力が飛躍的進歩し、胎児細胞そのものでなく細胞から漏れ出たDNA断片(cell-free DNA)を用いて、それが何番染色体に由来しているかを判定することができるようになった。検査精度は、21トリソミーの場合の感度は99.1%で特異度は99.9%であり、18トリソミーおよび13トリソミーの場合もほぼ同様な高い感度と特異度であった。すなわち胎児が実際に21トリソミーの場合は99%以上21トリソミーと診断され、21トリソミーでない場合はほぼ100%正解であり、陰性の場合21トリソミーを否定できるが、陽性の場合は1%(1/100)の確率で実は21トリソミーでない(偽陽性)可能性がある。言葉を代えれば、陰性の場合は更なる検査は必要ないが、陽性の場合は羊水穿刺などによる確定検査が不可欠である。同様にこの検査は確定診断ではないので、超音波検査などでダウン症の疑いが高い症例は検査対象とはならない。
理論的にはそのDNA断片が胎児由来であることを確認できれば、多くの染色体異常の出生前診断が可能であるが、現在はそのDNA断片が何番目の染色体由来であるかを同定し、それが正常の分布より多いかを調べる方法であり、対象は頻度の高い21,18,13番目の染色体のtrisomyである。しかし、そのDNA断片のほとんどは絨毛細胞由来であり、これまでの絨毛採取法による出生前診断の経験から、絨毛に染色体異常があっても胎児自体には染色体異常が無い可能性が知られている。すなわち「母体血中の胎児DNA検査」で陰性であった場合は児も陰性と考えられるが、陽性であっても児は正常の可能性があり、必ず羊水検査での確認が必要な理由である。また転座型のダウン症候群は検査できないが、高齢妊娠で発生するダウン症のほとんどは、21番目の染色体そのものが3本のregular trisomy とよばれるタイプであり、臨床的には問題とならない。
前述の如く、マスコミやコマーシャリズムが選考することにより混乱を生じる恐れがありところから、日本産婦人科学会がパイロット的に限られた施設を認定して、2013年4月より臨床研究として、初診時に妊娠10−15週で検査前に遺伝コンサルタントを受けており、臨床研究であることに同意したハイリスク妊婦(出産予定児に35歳以上あるいは既往歴・家族歴で21・18・13トリソミーのリスクが高い)を対象にNIPTが開始された。検査費用は21万円とされ、血液は米国(Sequenom社)に送られて検査されて、約2週間後に結果が戻ってくる。
この検査法の倫理的問題は、スクリーニング検査であり確定診断検査ではないが、陽性(ダウン症の疑いが高い)と出た時に、次のステップの確定診断をせずに中絶してしまう妊婦は5−10%いることである。1/100といえども実は正常の可能性のある生命を抹殺することは正しくないであろう。さらにこの検査で陽性となって羊水検査受け、最終的に陰性となった場合でも、妊婦の受ける精神的トラウマは極めて大きい。勿論陰性の場合は、ほぼ安心して妊娠を継続できるメリットがあるが、この検査の陰の部分を少なくする努力が不可欠である。もう一つの側面は、アメリカのシーケノム(Sequenom)社をはじめとしたヴェリナタ(Verinata)社やアリオサ(Ariosa)社が検査を独占しており、我国に新しい出生前検査であるNIPTを導入するため、適切な遺伝カウンセリング体制に基づいて検査実施する趣旨で立ち上げられたNIPTコンソーシアムなる組織も学識経験者が表面に出ているが企業が見え隠れしている。
それより最も大きな生命倫理上の問題は、出生前診断すべてに関わる優生思想による障害児の選別であり、NIPTの様な母体の採血という簡便な方法で効率よく染色体異常が診断されるようになれば、安易に妊娠中絶が行われるようになることが予想される。事実、ボストン小児病院のダウン症の医学的のみならず社会生活のサポートを行っている施設の長で妹がダウン症である小児科医(Skotko BG)が、NIPTについて予めダウン症が生まれることを知ることはより良い受け入れ態勢の準備のために有用であると講演したが、ほとんどの聴衆の反応は、我国ではそのようなシステムは例外的であり、NIPTが普及すれば間違いなくダウン症の出生数が減るというものであった。その中で、日本ダウン症協会会長の玉井氏が、なぜダウン症を出生前診断の対象とするのか、の倫理的妥当性に慰問を投げかけた発言が全てを物語っている。

  1. 直接胎児から検体を取って検査する絨毛採取・羊水穿刺・胎児採血

これらはハイリスク妊婦を対象とした確定診断であり、母体血からの検査に比べ専門的技術を必要とし、さらに羊水穿刺や絨毛採取による染色体検査には、それぞれ0.3%と1%の流産リスクがある。
絨毛採取は、妊娠の極めて早期(妊娠10−14週)から検査可能というメリットがあるが、韓国や台湾では男女産み分け(女児の場合に中絶されることが多い)に用いられるところから倫理的に問題とされた。また流産のリスクが他の方法より高いことと、1%ほどの確率で胎盤限局性モザイクがあり、胎児は正常でも検査上で染色体異常となることがある。それ故我国の産婦人科学会などの倫理規定では、妊娠早期に出生前診断を必要とする特別な事例以外は、絨毛採取検査を勧められていない。
胎児採血は臍帯から経母体的に採血する高度なテクニックを必要とするので、一般的な出生前診断目的より、Rh不適合妊娠例や重症な胎児胎盤機能不全例において胎児の健康状態の評価目的でおこなわれる。
羊水検査はこれまで長い臨床経験が積み重ねられており、現在では最も一般的な出生前の確定診断目的で行なわれている。経母体的に子宮腔を穿刺して羊水中に含まれる胎児由来の繊維芽細胞fibroblastを採取し、特殊な溶液で培養して細胞分裂時の染色体を観察する方法で、検査可能な時期が妊娠15−18週の間に行う。さらに結果が出るまでに2週間かかるため、妊娠中絶が母体保護法で可能である妊娠21週までの時間的制限がある。羊水穿刺は、胎児の肺の成熟度を評価して未熟児の分娩時期を決めることや、羊水感染症の有無などのハイリスクの妊娠管理目的でも広く行われている。
6)胎児画像による出生前診断
現在最も臨床の現場で行われている出生前診断手技は超音波検査である。超音波装置は第2の聴診器と呼ばれるほど普及し、既に我国では開業医や助産師でも一般的な妊婦健診のルチーンに超音波画像検査が組み込まれ、胎児発育・胎児の健康状態(well-being)・奇形の有無、がチェクされている。ほとんどは形態的な異常の出生前診断であり、超音波検査によるスクリーニングで異常が疑われた事例において、MRIやCTによる詳細な画像診断、さらに必要に応じて羊水検査などの確定診断が行われる。
超音波による出生前診断において倫理的問題となるのは、ルチーンの検査で偶発的に見つかった必ずしも異常と言えないソフトマーカーと呼ばれる所見(軽度の脳室拡大、腎盂拡大、短か目の下肢など)を家族に告げるべきかであろう。特に1990年ごろより経膣的超音波検査が臨床の現場に導入されると、より早期から胎児の鮮明な画像が見られるようになり、妊娠初期にそれらの所見を告げると、妊婦は不安となり不必要な中絶となるリスクが生じる。偶々見つかったとはいえその所見は患者の情報であり、医療者はそれを伝える義務があるという考えと、その所見は臨床的に問題とならないと説明しても、知ってしまった家族(特に母親)の心理的負担を加えるところから慎重な対応が必要となる。さらにその所見が、次に述べる胎児頸部皮下貯留液最大幅(nuchal translucency: NT)のように、週数が進むにつれ変化して異常で無くなる可能性がある場合、NTが認められた所見を告げることの是非に関する倫理的問題が生じてくる。
NTは妊娠初期にほとんどの胎児にある程度認められる所見であって、それが通常より厚く認められる場合にダウン症や心疾患の可能性があるところから、妊娠10−14週にNTをチェックするダウン症のスクリーニング検査が提唱された。しかしスクリーニングから確定診断検査へのシステムが整っていないところから、NTが確定診断とされた混乱の時期があった。やがて妊娠初期にNTが大きくとも、大部分は経過中に消失し、またダウン症でもNTが大きくならない例も少なくないことが明らかとなり、NTは妊娠初期に認められる一過性の皮膚の生理的変化と理解されるようになったところから、前述のソフトマーカーの範疇に加えられた。しかしNTがダウン症などの疾患とある程度の関連があることは事実であり、その取扱いに関してはまだ議論されている。
日本産婦人科学会のガイドライン(2011年)では、「産婦人科医はNT検査に関する情報提供の義務はない」とされている。一方英国では、NTが厚いほどダウン症のリスクが高まるデータに母体年齢の要素を組み合わせた評価法を、実際の臨床のスクリーニングに導入している。(図) この両者のNTに対するスタンスの違いは、我国ではNTの所見に過剰に反応して結果的に正常であった児が中絶されることを防ぐことの重要性が表面に出ているが、英国では社会に負担となるダウン症の出生を出来る限りスクリーニングする国家的功利主義からである、と考えられる。これは、各々の国の歴史・宗教・経済事情などの背景によって考え方が異なるのが倫理であり、どちらが正しいという議論は不毛であることを理解しなければならない。

出生前診断の対象と検査の時期を巡る倫理的問題
出生前診断は妊娠早期に行うスクリーニングとその後の確定診断があることは既に述べたが、胎児異常を早期に診断することは横隔膜ヘルニアのようにより良い医学的対応を可能とする意義があることと、致死的異常が診断された場合に、母体保護法で人工妊娠中絶が可能である妊娠満22週以前に診断される必要がある。
全ての妊娠において早期からスクリーニングとして出生前診断を行うことは、異常の児を早期診断するメリットよりも、予期せぬ重篤とは言えない異常が見つかった時の母親への精神的負担というマイナスの面も考慮しなければならない。早期に出生前診断されると、健康な児を産みたい(裏返せば異常児は産まない)という優生思想により、十分臨床的に対応可能な事例が選別される危険を孕んでいる。欧米のpragmatic な考え方からは、例えば伝染病予防で全員に行う予防注射のように、母体血清マーカーなどによる妊娠早期からスクリーニングのような出生前診断が行われることは、国家的見地からのメリットが大きいと判断される。しかし、我国の出生という極めて個人的な事柄に対する感覚には、マススクリーニングの様なシステムはそぐわないと考えるところから、ハイリスクの妊娠例(前回妊娠が異常児・同胞に異常児・母親が高齢等)において、個別的に母親の同意の基に行うべきと考える。
出生前診断の時期は重要で、母体保護法の第2条第2項に記載されている「その胎児が母体外でその生命を保続出来ない時期(妊娠22週未満相当とされている)」までに致死的奇形などの診断がなされる必要がある。しかしその場合でも、我国(ドイツも)の法の人工妊娠中絶の条件に胎児条項がなく、異常児の妊娠を継続することは精神的に耐えられないという母体条項や、経済的に異常児を育てることが出来ないという経済的条項の転用で対応している。ドイツの場合は過去の大戦時に国家的に異常児を選別した優生思想に対する国民の深い反省から、あえて胎児条項を入れていない。翻ってわが国の場合は、胎児は母親の付属物(母体の一部)であり、その人権を認められていない胎児を主語にする条文は考えず、母体条項のみで違和感がなかったのである。このように、優生保護法から脱皮した母体保護法と堕胎法が、法的に出生前診断に連なる医療行為を規制している。しかしこのような法による規制よりも、医療者と患者家族さらに社会のコンセンサスによる倫理的な規制が重要であることは言うまでもない。
第49回日本周産期新生児学会(2013年)の抄録であるが、出生前診断で致死的疾患と診断され親が希望しない時にFeticide(胎児殺し)が認められる、という文言があった。それはかって社会経済的適応で「間引き(生まれたばかりの新生児を抹消し生れなかったことにすること)」と呼ばれたInfanticide(嬰児殺し)が行われたことを思いだし、身震いするほどの嫌悪感に襲われた。実は「間引き」は、避妊の知識がないために生まれた子を貧しさ故に、手を合わせて涙を流しながら行なったものであり、虐待のように児に愛情を欠いて行う行為ではない。このシリーズの前回(9−10月号;胎児はいつから人となるか)で、近年の胎児医学の発展は、既に胎児は私達と同等あるいはそれ以上の能力を持っていることは明らかにしていることを示したごとく、人工妊娠中絶を前提とした出生前診断の考え方そのものを見直さなければならないであろう。倫理とは共に生きる前提からの思考であり、現在の成育限界を境にする考え方は、たとえそれ以前の胎児であっても発達の途上にあり、成育可能な児と切り離すことの不条理に思いを馳せなければならない。

生命倫理学基礎講座(6):出生前診断を巡る生命倫理的考察
出生前診断において生命倫理学的に重要なキーワードは、@医学的有用性とそのリスクなど情報提供を求める権利、A検査を受けない権利及び偶発的に見つかった異常を知らない権利、B結果に対する適切な遺伝カンセラーなどのサポートを受ける権利、C異常であっても容認する(中絶をしないで妊娠を継続する選択)権利、などが挙げられようが、どのような決定をしようが、その結論に至るプロセスが大切であることは、生命倫理的判断の原則である。
その中で出生前診断が他の医療分野と際立って異なる生命倫理的特徴は、胎児を対象とするところから致死的疾患や極めて予後不良な事例において、その生命を抹消することを前提とした優生学的医療行為が行われることである。優生学そのものの意味は、歴史的には人類の遺伝的素質を改善するために悪い遺伝素質を淘汰する目的の学問が起源であり、ナチスの例を引くまでもなく、共に生きる人間のレベルを下回ったもので、動物の弱肉強食の思想と表裏一体である。私が重症な未熟児の治療成績を発表した時に、ある医療者から、ダーウインの自然淘汰による進化という原理があるのになぜそのような未熟児を助けるのか、と質問されたことがある。私は、強いものが弱いものを駆逐したのでなく、各々の環境に適応したものが反映していったので、沢山の少しずつ違う多様性のある生き物が生まれ、その弱いものも含めた様々な生き物と共存することが、生き残る最良の選択であることをダーウインは示したので、この未熟児がいるから私達も生きていけるのである、と答えた。このことは生命倫理の根幹に触れる問題であり、この私の生命倫理の連載の最後に取り上げるつもりである。
胎児に医療を行うことの是非は、前回のこのシリーズの第5章:胎児の成育限界を巡る生命倫理の「胎児はいつから人とみなされるか」で論じているので参考とされたい。重複するが、学問の進歩に伴い「Fetus as a patient」という学会がすでに20年以上の歴史があり、心臓手術まで含めた様々な胎児治療が行われている。生まれた後の新生児同様に出生前に診断され、治療を受けることが出来る時代となったことは、かって子どもに出来る治療を新生児にと進歩した如く、新生児に出来ることが胎児になされるようになった当然の歩みであり、胎児に医療を行うことの是非ではなく、母体を介するという特殊性を倫理的に論じるべきである。
Prolife(子どもは胎児といえども独立した人間で生きる権利がる) とProchoice(女性の幸福追求権と産むか産まないかを選ぶ権利)の議論は、出生前診断を巡る生命倫理としては多くの話題を提供する。しかし実際の出生前診断の臨床の場においては、胎児は母親とは異なった遺伝子を持つ一人の人間であるとしても、医療はすべて母体を介してであり、出生前診断を行うか、産むか産まないかの判断は母親である。極限するようであるが、胎児の生死は母親の手に握られているのが出生前診断の生命倫理的特徴といえよう。
 その中で、出生前診断による母親の選択は、致死的異常児を産まないレベルから、ダウン症の場合は障害を持っているから、兎唇の児は容貌が可愛そうだから、と段階的に変化してゆき、最終的には自分の望む子どもの分娩とエスカレートしてゆく。これを生命倫理の議論の中では「滑りやすい坂((slippery slope)問題)と呼んでおり、その「滑りやすい坂」に入る前にキチンとその危険性を論じておく必要性が知られている。すなわち出生前診断においては、医学的適応が無い限り、性別の診断や遺伝子診断は行わないことなどが不文律となっている。
 最後に、一般の医療における原則である「安全な方に間違う:感染症を疑って治療して結果的に感染症で無かったという間違いと、感染症でないと判断して治療せずに死亡してしまう間違いでは、前者の方が安全な方に間違ったことになる。」は、出生前診断では、以下のように多少異なった解釈となる。異常児を見逃すリスク(罪)と正常児を異常と診断するリスク(罪)を比べてみよう。ダウン症を見逃しても児は生まれ、それなりの家族や社会のケアを受けるであろうが、正常児をダウン症と診断して中絶となった場合は、助かるべき命を失うこととなる。すなわち出生前診断においては、正常を異常と誤診する罪は、異常を正常と誤診する罪より大きいのである。このように生まれた後の児においては、疾患を見逃して死に至るより、疑わしきは罰する考えが児には安全であるが、出生前診断の場合は逆で、正常児を異常と誤診する罪は大きいので、疑わしきは(確定診断がつくまで)罰しない(異常と判断しない)ことを基本姿勢としなければならない。

 

表 1:母体年齢とダウン症発生頻度

表 2:出生前診断の方法
妊娠が成立する前に行われる出生前診断:

  1. 遺伝相談による発生リスクの予想
  2. 受精卵診断

妊娠成立後のハイリスクスクリーニング目的の出生前診断:
 3、母体血による出生前診断
  * トリプルマーカー(クアトロテスト):妊娠15−18週
  * NIPT
胎児サンプリングによる確定診断目的の出生前診断
 4.絨毛採取 : 妊娠 9−12週
 5.羊水穿刺 : 妊娠 15−18週
 6、胎児採血 : 妊娠 20週以降
胎児の画像によるスクリーニング目的の出生前診断
 7.超音波診断
 8.MRI/CT (超音波で異常を認めた事例の確定診断目的)

 

図:NTとダウン症発生の頻度に及ぼす母体年齢の影響

 

参考文献
*鈴森 薫:出生前診断とバイオエシックス:出生をめぐるバイオエシックス(仁志田博司 編)、メジカルビュー社、1999、第6章(123−158 pp)
*増負p明:出生前診断(1)医療の側から:シリーズ生命倫理学 第7巻 周産期・新生児・小児医療 (家永登・仁志田博司 編)、丸善出版、2012、第11章(124−137 pp)
*河原直人:出生前診断(2)生命倫理の側から:シリーズ生命倫理学 第7巻 周産期・新生児・小児医療 (家永登・仁志田博司 編)、丸善出版、2012、第12章(138−151 pp)
*是澤光彦:周産期領域における出生前診断の進歩、Fetal & Neonatal Medicine:4(3):125−128,2013
*古庄知己:新生児領域における出生前診断の進歩、Fetal & Neonatal Medicine:4(3):130−135,2013
*母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針:公益社団法人日本産科婦人科学会倫理委員会、母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会:2013/03/09 -
www.jsog.or.jp/news/pdf/guidelineForNIPT_20130309
*「出生前に行われる検査および診断に関する見解」改定案:社団法人日本産科婦人科学会 理事長 吉村 泰典、倫理委員会委員長 嘉村 敏治:  平成23 年2 月26 日
http://www.jsog.or.jp/news/pdf/shussyouzenkenkaikaitei_20110206.pdf
*日本産婦人科学会倫理委員会:「出生前に行なわれる検査と診断に関する見解」の改訂
公益社団法人 日本産科婦人科学会 理事長 小西郁生、倫理委員会委員長 落合和徳、平成25年6月22日 http://www.jsog.or.jp/ethic/H25_6_shusseimae-idengakutekikensa.html

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第7章 生殖医療を巡る倫理的問題

はじめに
 ギリシャ神話の神プロメテウスは人間に火を与えたことからゼウスの怒りを受けたが、生殖補助医療技術(assisted reproductive technology, ART)も新しい命という火を灯す技術の導入であるところから、神を恐れぬ人間の傲慢と見なされ、ロメテウスの火にたとえられる如く、多くの倫理的問題を抱えている。
 なぜARTが、医療の中で大きく取り扱われるようになったかの背景を考えてみると、歴史上類を見ない少子化傾向となったことが挙げられる。それは、女性が働くようになったことや、子供が夫婦や家族という社会を構成する基本単位を繋ぐ鎹(かすがい)とは考えないような生活スタイルに変化した結果なのである。さらに皮肉なことに、晩婚と出産年齢が高くなったことに加え、ストレスの多い社会に影響を受けて男女ともにその生殖能力の低下が認められ、これまで自然の哲理に従っていた妊娠出産という人間の営みに、生殖医療という人為的な行為が色濃く加わるようになった。
そのような背景があることを知りながらも、なぜARTがこれほど急速にかつ広範囲に広がったかの理由を考えてみると、受胎着床という生命誕生の神秘に惹かれた科学者としての学問的興味が基礎に在って、その成果を臨床に生かして不妊に悩む女性と家族に手を差し伸べたいという医療者の職業意識がある。2005年の 合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子どもの数)が1.29と未曽有の少子化傾向となっていることに対する社会的必要性から、ARTは妊孕性を高めるために発展した医療であると考えるのは、後付の理由である。
 このシリーズで前回取り上げた、小さな未熟児が助かるようになった周産期医療の進歩と相まって、生殖医療(reproductive medicine)の進歩も目覚ましく、今まで望めなかった新しい命の誕生が可能となった。しかし他の医療分野では、その進歩によって今まで助からなかった疾患が治癒されるという結果で終わるが、ART導入による妊娠出産では、新しい技術で生まれた子供をめぐって、親とは家族とは、といった多くの倫理的考察が必要になってきたところから、本項では医療技術の進歩としてのARTの医学的な側面は紹介程度にとどめ、ARTがもたらす倫理的問題を解説する。

事例
 39歳の経産婦。結婚2年目に30歳で産んだ第1子がダウン症でその児が心疾患(VSD)を有していたが,その通院や介護が一段落して34歳頃より第2子を希望し、基礎体温記録によるタイミング法の指導を受けたが妊娠に至らず36歳となった時点で、年齢が進むとダウン症の頻度が高まる理由で不妊治療に入った。本人と夫の医学的検査では異常は認められず、AIHを1年間(5回)試みたが成功せず、38歳でIVH-ETが試みられた。第一回目のIVH-ETは順調に行われ妊娠に至ったが、妊娠4週目で流産となった。その後冷凍保存された卵を用いて更にIVH-ETを3回行ったが、いずれも妊娠に至らなかった。39歳の時に離婚し、ダウン症の児を抱えながら再婚し他ので、再び挙児を希望したが自然妊娠に至らず、41歳で前回とは異なった不妊クリニックを受診した。その時は、採卵のためのホルモン注射の際に卵巣過剰刺激症候群となり、1か月の入院を要したが採卵は成功し、IVH-ETが試みられた。残念ながら今回は、凍結受精卵を含め計3回のIVH-ETはいずれも妊娠に至らず、夫の説得もありその後の挙児を諦めた。しかし、自分たちの経済力を上回るほどの医療費や身体的・時間的負担が無駄であったとは考えず、希望に向かって努力したと受け取り、やさしい子どもに成長した娘と落ち着いた生活に戻っている。もし、夫の助言が無ければ、周りにいた多くの患者同様にまだまだ諦められないと不妊治療を続けていたらと、振り返ってゾッとする思いがある。

事例解説
本事例の母親は30歳でダウン症の子どもを持ったことで、その子どもの世話などで次に妊娠を試みるまでに時間的間隙があり、34歳から本格的に挙児を求めている。自然妊娠に既往があるので基本的な不妊となる疾患は有していないと考えられ、いわゆるタイミング法を2年間試みたが妊娠に至らず、その時点で不妊症の定義に入りART(夫とのIVH-ET)に入ったが成功しなかった。この時にARTまで行っての挙児希望は、ダウン症の子を産んだ自分が正常な女性であることを証明したい気持ちと、将来的に健康な子どもを持つことが、ダウン症の子どもと自分たちの将来にプラスになると考えたからであった。AIHを5回、IVH-ETを4回試みて生児を得られなかったことなどが一つの要因で夫婦間の気持ちの行き違い(多くは妻に方が夫より熱心となる)が生じ離婚となった。再婚を機に新しい夫との子どもを望み、再びIVH-ETを行ったが挙児には至らなかった。別な医療施設に代えたことは、不妊治療をしている女性に多い病院ショッピング現象で、挙児希望が強くより良い医師に巡り合うことを願うことと、長い治療が不安定な精神状態をもたらすことが多いからである。残念ながら計7回の挙児に至らなかったが、長い精神的身体的負担に加え、かなりの金額を費やしたが、多くの同様な経験をした女性が敗北感と喪失感に囚われるが、本事例の女性はやることはやったと新たな人生を歩み出したことは、夫とダウン症の児に支えられことが大きな要因であったと考えられる。

不妊症と生殖補助医療技術(ART)
挙児を希望する正常なカップルは1年間に80%、2年間に90%の妊娠が成立するところから、不妊症(infertility)とは夫婦(またはそれに類したカップル)が挙児を希望して正常な性生活を行っても2年以上妊娠しない時(欧米では1年)と定義される。不妊の原因は、その41%が女性のみ・24%男性のみ・24%が男女に・11%原因不明とされている。ストレスなどの生活環境や内分泌疾患などはそれに応じた治療が行われるが、妊娠に至らない場合は不妊治療(表1、図1)が試みられる。その中でARTは、一般的には人工授精や体外受精などの医療技術が加わる場合に特化した意味で用いられる。
不妊治療を始める理由は、単に子どもが欲しいというだけでなく、その傾向は少なくなったとはいえ我国では妻には家を継ぐ子どもを産む責務が課せられている為や、上の子に障害があり健常な子どもを産むことで自分が認められると思うこと等が考えられる。後者の場合は真剣に挙児を望むので、長期間の不妊治療をいとわないところから、我国の不妊治療例は外国に比べ異常に長い例が多い。その中には、精神的にも肉体的にも追い込まれ、巨額な金銭と労力を費やしても不妊治療をやめられない状態となる女性が稀ではない。日本の不妊治療の問題点は、行政や司法の規制がほとんど無く、また学会には強制力を持たない為、不妊治療施設が乱立し医療のレベルもバラバラであり、倫理的規範の基づいた医療システムが確立していない状態が現在まで続いていることである。
不育症とは、妊娠するが流産や死産を繰り返し挙児できない妊婦に用いられる医学用語で、抗リン脂質抗体症候群などの自己免疫病が病因の場合は内科的治療が可能であるが、ARTの適応となる場合が少なくない。特に習慣性流産の胎児の検査で半数以上に染色体異常が見られているところから、その場合は着床前診断とIVH-ETの組み合わせが試みられる。
不妊症の対応の第一歩は、我国の荻野久作博士が発見した基礎体温から排卵時期を知る方法を生かしたタイミング法((荻野式)であり、それはこの分野では世界的な業績と評価されている。この方法は受胎確率を高める目的で研究されたものあったが、荻野博士の意図に反して排卵時期の性行為をさける避妊法として広く世に普及している。しかし不確実な避妊法であるところから、望まない妊娠とそれに引き続く人工中絶をもたらしていることは皮肉である。
 排卵誘発剤を使用した治療は、月経不正や卵巣機能不全の女性に対し、排卵時期および生理を規則的に正すことによって、受胎確率を高める目的で使用される。1960年ごろから排卵誘発(剤)が開発され、1970年に保険適応となった。多胎や卵巣過剰刺激症候群((ovarian hyper-stimulation syndrome, OHSS、腹水貯留や凝固系の異常などが起こる)の副作用が起こり得る。幸い排卵誘発剤による多胎の発生頻度は、その使用法の進歩により減少している。また、人工授精実施の際に排卵を誘発する目的や、IVF-ETにおいて採卵目的で排卵誘発剤が用いられている。これらの方法は一般的医療の範疇に入ると見做されるが、次に述べる人工授精や胎外受精は倫理的問題が大きい。

表1:不妊治療のステップ
@    タイミング法(荻野式)
A    排卵誘発 (排卵誘発剤使用)
B    人工授精
AIH(artificial insemination with husband’s semen)
AID(artificial insemination with donor’s semen)
C    体外受精 IVF-ET(in vitro fertilization and embryo transfer)
*その中で男性不妊の場合に行われる:ICSI(intra-cytoplasmic sperm injection 卵細胞質内精子注入法)

図T:ARTによる不妊治療  (ファクスで送る)

人工授精
 AIHは既に1799年に自分が尿道下裂であった医師が行っている如く、その手技が簡単なところから古くから行われていた。倫理的にも、オーソドックスのカソリックが、神聖な生殖行為に人工的な手が加わることに異議を述べた経緯があるが、夫婦またはそれに準ずる関係の男女間で行われる限り、神の行為に僅かに人為的な操作が手助けをするという理解で倫理な問題はほぼ解決されている。
 AIDも国外では1884年に無精子症の夫の代わりにドナーを得て行われており、日本では1949年に慶応義塾大学で最初に行われた。その方法は、女性の排卵日に卵胞の大きさを確認し、新鮮精液を調整(洗浄・濃縮など)してチューブで子宮内に注入する非侵襲的で簡易であるところから、当時は子どもを持ちたい親の希望に答える善意の医療であるという医療側の独断的思考過程で行われ、法的・倫理的議論はほとんどなされていなかった。
AIDの倫理的問題としては、ドナーは大学の特定の運動部の学生であり、ボランテアといえども日当・交通費の名目でお金が支払われていたことから、多くのドナーはそのことに後ろめたい気持ちに加え、心理的負担になっていたという。さらに、僅かながらドナーの将来の子共たちが、AIDで生まれた子供達(異母きょうだい)との近親婚の可能性を有する懸念であった。
 さらにAIDの最も大きな倫理的問題は、生まれてきた子の出自(自分の親)を知る権利とドナーのプライバシーの相克であった。子どもの権利が世の注目を浴びるようになり、児の出自を巡る子どもの権利が国会で取り上げられた時、当時の医師が、長年それらの問題にはキチンと対応した医療を行っていなかったことが露見する答弁をしていたところから、当時母子保健課の課長補佐であった関修一郎は、医療側が全くその倫理的重要性に無知であったと述べていた。それがほゞ事実であったことは、日本産科婦人科学会誌に「非配偶者間人工授精と精子提供に関する見解」が公示されたのが1997年と、なんと実際に実施されてから48年後であったことから推し量れる。

体外受精 IVF-ET (in vitro fertilization and embryo transfer)
 その歴史的な第一例は、1978年に獣医のエドワードと産婦人科医のステプトウによるものであった。それは良い種牛を造る獣医学のノウハウを人間に応用したものであり、「試験管ベビー」の名で報道され、人間の子どもが牛並みのテクニックで生み出されたことに対する反感と誤解から、二人の学者としての業績に対する評価は定まらず、臨床の現場では広く受け入れられた多くの不妊の家族が恩恵を受けているのに、32年を経た2010年に生き残ったステプトウがノーベル医学賞を受けたのである。
 我国最初の例は、その5年後の1983年に東北大の鈴木雅州グループが行った。その事例は児が先天奇形を有し2歳で死亡したが、マスコミから患者のプライバシーを守るという理由で完全な密室状態で行われことから、それが一般の目に触れることなく、現在でも医療者でもその事実を知らない。技術的には可能な施設が既にいくつかあったが、世論の風を受けるのを懸念して横並び状態であったところから、それ以後は正に燎原の火の如く広まり、我国は人口当たり最もIVF-ETの事例が多い国となっている。皮肉なことに、マスコミからの隠蔽が無く第一例が奇形児であったことが世に出たら、脳死臓器移植の和田事件(本当にドナーは脳死だったのか、レシピエントは心臓移植の適応だったのか、が問われ裁判となった)の二の舞で、我国のIVF-ETの普及が10年は遅れたと思う。
 そのIVF-ETの方法は、@卵胞刺激:月経3−5日前に卵胞刺激剤(human menopausal gonadotropin、hMG)を連日注射、 A採卵:4日目頃に発育した卵胞から卵子(通常3−4個)を経腟的に超音波ガイドで採取、B精子採取と媒精:培養液(媒質)内の卵子に精子を加え授精させる、C胚培養:16−18時間で受精し、受精後20−40時間で2細胞胚となる、D胚移植(embryo transfer):2−8細胞に分割した胚(受精卵)を子宮内に移植(採卵後2日目)、E安静後の通常翌日には退院可能,F黄体ホルモンの補充を胚移植の定着を促す目的で、連日7−10日感投与、G胚移植後12日目で妊娠診断可能となる。
 IVF-ETの倫理的問題は極めて複雑かつ重要である。AIHに比べ侵襲的であり費用も高額で、その成功率も20%前後である。さらに命の始まりに加えられる人工的操作に対し、多くの人が感覚的に受入れ難い、と答えているのに、異常と思えるほど普及したのは何故であろうか。それは我国には、「子無きは去れ」といった古き家柄の伝統を守るという潜在的な需要があったこと以上に、野放しとなっている医療側の喧伝がARTを常識化させた、と考えられている。学会からの告示や勧告には法的な強制力は無い上に、国の規制もほとんど無いところから、我国ほど民間のART医療機関が多い国は無いという野放し状態であった。さらに、わが国の学会ではIVF-ETの対象となるのは、「夫婦あるいはそれに相当するカップル間」にのみ認められているが、外国はその規制が自由であるところから、海外でIVF-ETを受ける例が増加して社会問題となっている。
後に述べるように、ARTの規制に関する行政の関与は無く日本産婦人科学会が会告の形で学会誌に掲載し指針を示しており(表2)、その後頻回に渡って新たなARTに関する会告・見解・解説が公示されている。その中で、1996年の会告でIVF-ETを行う際の胚の数を3個の制限し、2008年にはさらに1個 (35歳以上、2回妊娠不成立の時は2個)の制限して、多胎妊娠のリスクを軽減している。幸い胚の培養等の技術の向上などにより、移植胚の数を制限しても妊娠率は低下していない。

顕微授精(micro-insemination)
IVF-ETの一種であるが、通常の方法では受胎し難い症例において、顕微鏡下で人為的に精子を卵子にいれて受精させるステップが加わるので、通常のIVF-ETと分けて議論されることがある。幾つかの方法があるが、その中で精子を卵の細胞質内に入れるのが卵細胞質内精子注入法(intra-cytoplasmic sperm injection、ICSI)で、現在最も顕微授精法としては広く行われている。
 ICSIは1992年に男性不妊(乏精子症、精子活動性低下症、インポテンツなど)に対するARTとして開発された。精液中から精子を微細ガラスピペットで取り出し、卵子中に打ち込み受精を促す方法である。近年は技術の向上により、精液中に精子が認められない無精子症においても、精巣上体や精巣組織から精子(または未熟なヒト円形精子)を取り出してICSIを行い、同様な成果が認められている。
 無精子症の多くが精管の閉鎖といった解剖学的な原因であるが、ICSI適応の非閉鎖性無精子の20%が低ゴナドトロピン性精巣機能低下症であり、その原因がKlinefelter syndromeやY染色体長碗微小欠失の事例である。それゆえ医学的観点からの倫理的問題は、ICSIを行うことによって生まれた男児も将来は男性不妊となる可能性が高いことである。さらにICSIによる場合は,それ以外の方法によるIVH-ETで生まれた児より先天奇形の発生頻度が高いことが示されている。このことは、通常は妊娠に至らない異常な精子を、ICSIによって無理に受精させることによる弊害であると、ICSIそのものが倫理的に問題とされている。

ARTのもたらす医学的問題
2004年:特定不妊治療補助制度が導入されたこともあり、2005年にはARTによる出生数は19,112人(全出生の1.8%)と日本で生まれる新生児の56人に1人に及んでおり、もはやARTは特殊な生殖技術でなく市民権を得ていると言えよう。しかしARTは自然妊娠と異なっていることは変わらず、それがもたらす社会・倫理的な問題も然ることながら、以下に述べる医学的問題に配慮しなければならない。
@妊婦に対する侵襲:妊娠に至った例の90%は平均5回のARTを受けており、またARTを試みたが最終的に50%が妊娠に至っていない
A多胎: 自然分娩では1%であるがART妊娠では16%である。その多くは排卵誘発(剤)によるもので、近年は減少傾向にある。 
B早産児:多くは多胎の為であるが、ARTを受ける母親がハイリスク群であることも一因である。
C高齢妊娠出産の増加:長い期間不妊の治療を受ける結果もあるが、ARTという方法があるから仕事が一段落してから、と妊娠適齢期を過ぎてから挙児を試みる傾向となってきたことは、ダウン症などのリスクが高まるなど、直接ARTに起因しない高齢妊娠出産に伴う問題が増加している。
D卵巣過剰刺激症候群(ovarian hyper-stimulation syndrome, OHSS):採卵目的で使用する排卵誘発剤副作用として重要で、その1−10%が入院加療を必要としている。
E胎児新生児の異常発生のリスク:特にICSIに高いことは述べたが、ARTそのものがゲノムインプリンチング(遺伝子刷り込み)による異常症(Beckwith-Wiedermann,症候群・Angelmann症候群・Prader-Willi症候群など)のリスクが高まることが示されつつある。ゲノムインプリンチングとは、本来受精の際に母と父の遺伝子が合体する時に、遺伝情報が重複しないメカニズムが働くが、ARTにおいてはその自然のプロセスが上手く行われないリスクがあり、母親あるいは父親由来の遺伝子が重複して刷り込まれる現象である。
FIVF-ETの際に、受精卵を用い着床前遺伝子診断が可能であるが、現在は認められていない。(本シリーズ第6章出生前診断参照)


ARTがもたらす更なる問題(1)代理母
 ART特にIVF-ETは、原則的に夫婦間の受胎を助ける医療であるが、近年その枠を超えて、第三者の精子・卵子さらには代理母によるARTが行われるようになった。その組み合わせは表4の様に複雑となりうるところから、子どもの出自を知る権利を越え、「母親とは、父親とは」といった法的・倫理的観点からの議論が必要となった。さらに「結婚とは、夫婦とは、家族とは」といった、動物のレベルを越える社会的存在に進化した人間の基本的な価値観が大きく問われる時代となった。
 これまで家の血筋を守るために、妻が不妊の場合には、我国でもイスラム圏の第二夫人同様に、X 遺伝子を遺す意味で夫人以外の女性の選択が行われていたが、そのような女性は家族の一員として扱われていた。しかし、ARTという医療の導入は、女性を子を産む物のように見なす代理母という現象を生み出し、侮蔑的に貸し腹と呼ばれるごとく、動物のレベルを超えた人間の世界においては、倫理的にその是非が議論されるのは当然である。特に母と子の医療に携わる者にとっては、生物学的関係以上に産み育てる母親と子どもの関係の重要さを知っているだけに、故内藤寿七郎先生の「妊婦は子を産むだけでなく、その子を抱き母乳を吸わせて母親となる。産むだけの女性は妊婦であり産婦であっても母親ではない。」という言葉を思い起こすのである。
  アメリカで19世紀末から精子の売買が行われ、1950年代からは精子バンクが、さらに近年は卵子までもビジネスの対象とされ、デパートのカタログのように、精子や卵子の提供者の髪の色、目の色、肌の色、さらにはIQ などがリストアップされており、値段が付けられている。正に人身売買のようにART目的で精子や卵子が扱われている。少なくとも私を含めた多くの日本人は、感覚的に嫌悪感を覚えるであろうが、西欧人、特にアメリカ人の多くは、自分は自分・他人は他人であり、違法行為でなく他人に迷惑を与えないなら個人の自由である、と容認されている。倫理の原則を思い返せば、置かれた環境によって倫理的判断が異なるところから、我国とアメリカにおいてARTの捉え方が異なるのは当然で、私達がアメリカ人はこの問題に関して非倫理的である、と言うことは正しくない。それ故上記の事柄は、現在の日本の生命倫理としては受け入れ難い、と言うべきで、20ー50年後には日本でも当たり前のことと受け入れられ、何ら生命倫理に抵触しなくなるかもしれない。勿論、個人的には、そうならないことを祈ってはいるが。

表3:精子:卵子・子宮(出産する人)の組み合わせ

 卵子   精子    産む人
 母     夫     母    :AIH, 通常のIVF-ET
 母     夫     第三者  :通常の代理母
 母     ドナー   母    :AID、ドナー精子を用いたIVF-ET
 母     ドナー   第三者  :ドナー精子を用いたIVF-ETと代理母
 ドナー   夫     母            : ドナー卵子と夫の精子を用いたIVF-ET
 ドナー   夫     第三者     :ドナー卵子と夫の精子を用いたIVF-ETと代理母
 ドナー        夫        ドナー     : 夫の子どもを他人に産んでもらう側室や第二夫人
 ドナー   ドナー   母          : 精子も卵子もドナーで子供を産む

ARTがもたらす更なる問題(2): 精子・卵子・受精卵(受精杯)の凍結保存
精子の凍結保存は、家畜の良い種子を遺す(種付け)目的で古くからその技術が確立していた。同様な方法が、子孫を
遺したいという人間の個人的な願望から人間にも応用されたことは想像に難くない。より高度な技術を必要とするが
近年は卵子さらには受精卵も凍結保存が可能となった。
その医学的適応は悪性腫瘍治療時に放射線や抗がん剤が卵子や精子の遺伝子に損傷を加える可能性がある場合の対策として卵子や精子を凍結保存しておき、後にIVF-ETで子どもを持つ可能性を残しておくためである。最も現在多く行われているのは、IVF-ETを行う際に、採卵した余剰卵またはIVF後の余剰胚をのちの使用のために凍結保存しておくことである。ARTの補助として受精卵(4細胞期からの胚盤胞期)の凍結保存は、1984年からの実績でその安全性は検証されており、近年は凍結胚移植の頻度が高まっている。
一方、晩婚化と出産年齢の高齢化から、卵の老化による妊孕能の低下や染色体異常の発生頻度が高まることが問題とされ、卵の老化による問題を避ける目的で高齢になる前に卵子を凍結保存する民間事業が生まれている。高額な保存費用を取りながら、採卵という侵襲的医療操作が加わり、さらにIVF-ETによる成功率は必ずしも高くないことをキチンと情報提供されておらず、何時で元気な子どもが産めるという甘言を弄する「卵活ビジネス」が法的コントロールの無いまま広がりつつある。
卵子凍結保存に関しては、日本生殖医学会(2013年11月)が下記の様な指針を告示している。
 健康な女性の場合に限り、@採卵時40歳未満、A凍結卵子の使用は45歳未満、Bインフォームドコンセントを得る、C本人の死亡・生殖可能年齢を過ぎた時は破棄できる

ARTがもたらす更なる問題(3):男女産み分け
 自然な妊娠分娩における出生児の男女比は、103対100と少し男児が多い。男児が多く生まれるのは、男児が女児より死亡率が高く年齢が進むにしたがってその男女比は逆転するから、という合目的な理由が考えられているが、受精の過程でより小さなY染色体を持つ精子がX染色体を持つ精子より運動能力が高いからという理由も挙げられている。
 イスラム圏や中国では男児の出生を望む傾向が強く、妊娠早期に性別が分かる絨毛穿刺で出生前診断によって出生児の性に選別が行われていたが、当然わが国では倫理的に認められていない。(本シリーズ第6章出生前診断参照)そのような侵襲的医療介入とは別に、開業産婦人科医師の団体であるSS(sex selection)研究会が男女産み分けを希望するカップルに、@Ca剤を投与した妊婦に男児が多い、A食事療法や膣内ゲリーで膣内環境をアルカリ性に保つと男児が多い、B排卵時期に近い性行為で男児が多い、などの指導を行っていた。Ca剤はかって無脳児予防目的でCa剤投与が行われた際に男児が多く生まれたという経験からと説明されているが、学問的根拠は無い。これらはいずれも生殖医療への関与というより性生活の指導レベルであり、倫理的問題は無い。
 しかしX精子とY精子をパーコールによる密度勾配遠心分離(軽く動きが早いY精子は濃いアルブミン層に集まる)で分けて行う人工授精は、約90%の確率で男児を選別できるところから、自然の哲理を越えたARTと呼べるレベルの男女産み分けであり、@性差別を認めることになる、A親の意思による児の性選別の是非、B長い目で見た人類の将来への影響、などの倫理的議論を避けて通るわけにはいかない。日本産婦人科学会が1986年に「パーコールを用いてのXY精子選別法の臨床応用に対する見解」として、重篤な伴性劣性遺伝性疾患を有する児を妊娠することを回避するためのみ行われるべきであることや、その実施施設の登録と報告義務を学会誌に掲載している。

ARTがもたらす更なる問題(4):胎児減数(減胎)手術
 減胎手術とは、多胎妊娠の際に母体と児に医学的リスクが高いのでより安全に妊娠分娩に至るよう胎内の児を除去する医療行為であり、欧米では1980年代から行われていた。 その方法は、妊娠8週(胎齢6週)前後に胎児の心臓に塩化カリを注入して胎児を死に至らしめるか、胎芽(胎齢6週以前)の場合は吸引でとりだす。母体及び妊娠経過にも医学的に問題となる侵襲はほとんど無いが、以下に述べる倫理的問題は解決されなければならない。
まず早期の胎児(胎芽)といえども命ある人であることを考えれば、その正当性あるいは社会からその行為が医療上必要と認知されなければ、忌わしい「胎児殺し」なる汚名を着ることになる。母体保護法では、ある条件下で成育限界以下(現在は在胎満22週未満)の胎児において妊娠中絶を認めている。しかし妊娠中絶とは「胎児とその付属物を母体外に出す医療行為」と定義されており、子宮内で胎児を死に至らしめる減胎手術はその定義にそぐわない。それに加え、例えば3胎の一人に減胎手術を行ことは命の選別という優生学的問題が起こるところから、学会では減胎手術を適切な医療行為とは認めていなかった。
しかしARTが普及して多胎妊娠が増加したところから、実際の医療現場では闇の中で減胎手術が行われていた。1986年に諏訪マタニティクリニックの根津八紘医師が、ようやくARTによって妊娠した4胎すべてを中絶するか減胎手術をして残された胎児の妊娠を継続するかの選択を迫られた家族の苦しみを医師として救うべきとの決断で、4胎を2胎にする減胎手術を行ったことを公表した。学会は、根津医師の行為は堕胎罪にあたるとして学会除名処分としたが、後に述べるように法的な処分は無く、彼は2011年末までに945例の減胎手術を行ったことを公表している。しかし減胎手術そのものが在胎22週よりきわめて早期に行われており、そのような早期の多胎においてはしばしば自然経過でもvanishing twin(消えた双子)と言われるように、胎児が子宮内死亡し吸収され消滅し、4胎であったのが経過中に3胎となり、さらに双胎となることが経験されていることと、根津医師が行った減胎手術の内の866例(92%)が実は他院寄りの依頼であったことは、無秩序のままARTだけが広がった付けの結果であり、監督指導する立場にある専門集団である学会の怠慢と批判され、1999年に日本母性保護産婦人科医会は容認の方向に転じたのである。
私は、1985年から1990年までの6年間に東京女子医大で何と7組の4胎妊娠分娩を経験し、幸い1例の胎児死亡以外全例救命出来たが、それは幸運という例外で、どれほど母子ともに命の危機と障害を持つリスクが高いかは想像に難くないであろう。幸い近年は、移植する受精卵数を1−2個に制限しても妊娠率が変わらない医療の進歩で、ARTによる多胎が大幅に少なくなったが、それまで人為的に命を造りだし、その命が無為に失われることに無策であった悪しき経験を、私たちは後世に伝え、命をいつくしむ医療の進歩に?げなければならない。


ARTを巡る倫理的問題(総論)
ARTの倫理的問題は表4の如く大きく分けることが出来よう。

表4:ARTのもたらす倫理的問題

  • 受精卵の取扱いに関する問題:人は何時から人としての人権を有するか、
  • 優生思想の影:どの受精卵(命、後に人間となる)を選別するか、
  • 生命の誕生に人為的操作を加えるARTに倫理的法的規制はどこまですべきか、
  • ARTで生まれて来る子どもたちの、自出を知る権利はどこまで担保すべきか、
  • ARTが創りだす新しい母親とは・父親とは・家族とは、の概念に関わる法的・倫理的規範の形成、

EARTが人類の歴史に、社会にどのような影響を与えるか:生殖補助医療が決して一部の特別な人々だけが受けるものではなくなっている現在、ARTに関わる法整備の問題は、日本の社会がどのような次世代を作っていくのかにつながる議論である。

その中で@に関しては、このシリーズの第5章「胎児はいつから人と見なされるか」で触れられているが、さらにその議論は受精卵にまで広がり、胎児には認められている遺産相続権が受精卵にはあるのか、が第3者の卵や精子を用いたARTの事例で問題とされている。また、IVF-ETで未使用の卵子や胚の取り扱い、研究に使用出来るかや廃棄処分の方法など、に関しては学会からの会告の形で提示されているが、臨床の現場で問題となることは少ない。
Aの優生思想はARTを臨床に使用する限り、ここまでして良いのかという思いと共に常に付きまとう倫理的問題であるが、このシリーズの第7章「出生前診断のもたらす倫理的問題」で触れられており、その思考過程は同様である。
 B以下は少し議論を加える必要があり、各々項を立てて論じる

ARTを巡る倫理的問題(生命の誕生に人為的操作を加えるARTに倫理的法的規制はどこまですべきか)
世界に目を向けると、アメリカは自己決定権や自己の幸福決定権を重視する国であるところから、ARTに関しても自己責任で、日本では考えられないような自由に好みの卵子や精子を購入してARTが行われている。ヨーロッパが中心のOECD(Organisation for Economic Co-operation and Development、経済開発協力機構)では、その加盟34カ国中26カ国(76.5%)で生殖医療に関する法律整備が完了している。
一方日本では、ARTに関する法律はほとんどな無く、民間の学術団体である学会からいくつもの会告やガイドラインが出されてきたが、それらには強制力は無く、広がって行くARTの弊害を矯正するのに限界があった。それ故医療専門家と行政側(厚労省と法務省)が合同で法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会を立ち上げ、2001年から2003年のまで計19回の会議を重ねてARTを中心とした生殖医療の法的整備が議論され、次のような趣旨の結果が答申された。@代理妊娠は医学的に適応である場合であり裁判所が許可する(ただし高齢の代理出産は認めない)、A国が指定した以外の施設での代理出産は認めない、B営利目的の精子および卵子提供を禁止する。CARTによる親子関係を規定する民法の特例法案を作成する。D卵子提供の出産においては、出産した女性を母親とする、E代理出産においては依頼した夫婦(遺伝学的親)が両親である、
 しかし、2003年にその答申に基づいて法案が提出される予定だったが、政府も国会も本腰を入れて取り組むことなく立法は見送られたのである。その結果、行政の介入がないまま国内外で卵子提供や代理出産による挙児が水面下で進み、2007年3月には最高裁から海外で代理出産した子を依頼した母親の子と認めない判決が出ているごとく、カップル以外の第三者が絡む生殖補助はどこまで認められているのかを含め、我国の生殖医療は混乱の極みが続いている。
 その顕著な例が、1997年に諏訪マタニティクリニックの根津八紘医師が、日本産婦人科学会の会告に反して非配偶者間体外受精(妹の卵を使用して夫の精子と体外受精させて妻が懐妊するIVF-ET)を行ったことを公表して日産婦から除名されたが、罰則規定など無いので2011年末までに154例試行して72例の生児が生まれていることを再び公表していることである。彼はさらに2001年には、子宮を失った姉に代わって妹に代理妊娠させるIVFーETを行ったことを公表し、再び産婦人科学会から除名されたが、さらに2011年末までに301例の代理妊娠(姉妹間で4組6児、母娘間で10組10児の出生)を行ったことを発表している。彼の患者の多くは他院からの依頼や紹介であり、我国の生殖医療の現状の不備から苦しむ患者を救う使命感から、独自の倫理マニアルを作成して行っていると述べている。生命倫理の原則からは、たとえある特定の患者の為の医療でも、人間の基本的な営みである妊娠・分娩に関しては、すべての人に影響を及ぼし得るところから、共に生きる社会の規範の下に在らなければならない。しかし彼の止むに已まれぬ行動には、あまりに不条理な混乱下にある我国の生殖医療の現状を正す使命感が原動力となっていると考えられる。
2013年に、この現状に対し日本医師会は、任意参加の社団法人であり国民に対して規制する立場にないが、professionalな医療専門集団としての社会に対する責務があるところから、以下のようなARTに対する基本的考え方を示している。(生殖補助医療の法制化に関する日本医師会生殖補助医療法制化検討委員会:  saisentan.w3.kanazawa-u.ac.jp/image/20130213_ishikai.pdf)

(1)生殖補助医療によって生まれる子の地位の安定を図る (親子関係の明確化)
(2)生殖補助医療を行う医師に指定制度を設け、透明性と信頼性を確保する(生殖補助医療指定医制の導入)
(3)人の精子、卵子、受精卵 の売買を禁止する     
 
さらに最近、タレントと元プロレスラー夫妻が自分たちの精子と卵子を用いたIVF−ETによりアメリカで代理出産した双子の出生届を受理するよう求めた裁判・産院で取り違えられて実の親を知ることを求めて訴訟を起こした事件・ボランテアの女性を募集して不妊のカップルに斡旋する「卵子バンク」がビジネスとして活動を始めたこと、などが報道されているごとく、生殖補助医療の分野について法的環境が整っていないことが、既に一般市民生活にまで影響を及ぼしていることが明らかとなった。そのような背景から、2013年10月に自分がARTの経験がある野田聖子議員が音頭を取って生殖補助医療関連法案の議員立法を目指していることを表明されている。報道からであるが、その素案は、@提供された精子、卵子、受精卵を使った体外受精を認める、A代理出産は原則として認めないが、子宮がないなど医学的に妊娠能力のない夫婦に限り、家庭裁判所の許可を得た上で実施する、B営利目的の卵子・精子の提供や代理出産には罰則を設ける、C「母」の定義について、卵子提供の場合は産んだ女性とし、代理出産では依頼夫婦の妻とする、との特例を民法に設けることも検討している、というものであった。

ARTを巡る倫理的問題(子どもの出自を知る権利)
 これまでこの問題は、「知らぬが仏・寝ている子を起こすな」という現実をそのまま受け取ることで対応されてきたが、近年は二つの理由で方向転換が迫られている。一つは、子どもの権利条約が我国はじめ各国で承認されたことから、その第七条の「子どもはできる限り、その父母を知る権利がある」を無視することが出来なくなったことである。もう一つは、近年のDNA分析の進歩で正確のみならず比較的容易にその生物学的親子鑑定検査が受けられる時代になったからである。
子どもの出自を知る権利は、戦争や災害時の混乱や人身売買の時代には子どもの福祉の為に必要であったが、それ以上に人間の基本的な権利であり、子どもだからという理由でその権利を無視することは非倫理的と言える。一方、ARTで生まれたからと言って出自を検索するのは幸せに生きている子供には不要であり、現状ではほとんどの子どもはその権利を施行していない、という意見もある。しかし、実際に出自を巡るトラブルが起こっていないと言いながらも、その権利を認めるのは倫理的に当然であり、子どもが知る権利を行使できるデータベースとアクセス機構を構築しておき、出自を知りたいという子どもにそれを知らせるシステムが必要である。
既に述べたが、日本のAIDの歴史の中で、長い期間そのことに全く触れられていなかったことは、故意でなかったといえ無知であった故に、人権や倫理に関する思考がなされなかったことに、深い反省をしなければならない。AIDの出自を巡る問題は、ほとんど父親捜しであるが、ドナーの精子・卵子によるIVF-ETの場合は母親もその対象になる。ここでの出自を巡る母と父はいずれも生物学的親の意味であるが、母親に関しては胎内で自分を育み、この世に生み出してくれた代理母も、子共にとっては出自を巡る対象となろう。
日本における現行の法律では、生まれた子供の母親は産んだ人という法的な縛りがあるが、ARTにおいては表1に示した様々な組み合わせが可能となったことから、代理妊娠により子を産んだ女性(産婦)と遺伝学的につながっている女性(生物学的母親)さらに出生後直ぐに子どもを育てた女性(養母)と、その子どもにとって様々なレベルの母親が考えられる時代になり、「母親とは」に関する新たな法的・倫理的見直しが迫られている。  
出自を巡る問題において、善意で精子や卵子を提供したドナーの匿名性を守ることとの矛盾性が論じられている。卵子提供においては、我国の現法では禁じられているが、今後のARTの普及でどのように変わるか予断は許さない。近年の情報網とDNA検査の進歩から匿名性を守る(言わないで済む)時代は終わったと考えられ、子どもの希望に沿う方向に種々の制度が整えられて行くであろう。

生命倫理学基礎講座(7):
ARTを巡る倫理を論じる上で、親子とはさらに家族とは、という私たちの社会の基本的価値観に従来とは異なった大きな変化が起こっており、単に女性が子どもを生みたという希望を叶えるのが正しい医療の進歩ではなく、ARTがもたらす、生まれて来る子どもと社会に及ぼす影響を考えなければならない。多くの問題の中で、生まれ来る子どもの福祉の観点から、かって私生児と呼ばれた婚外子(非嫡出子)と性同一性障害のARTによる出産する児、を取り上げる。

1.婚外子(非嫡出子)と特別養子縁組
非嫡出子とは、法的婚姻関係にない男女から生まれた子供をさす法律用語であるが、暗いイメージがあるため婚外子が使われるようになった。現在は法的な結婚はしていないカップルや子供だけ欲しくて生んだいわゆるシングルマザーが珍しくなくなったが、戸籍に非嫡出子と記載されていることが、その児に実質的のみならず心理的にマイナスの影響を及ぼすことは事実である。
子どもの目線から、戸籍上の不利益となる婚外子の記載を取り除くための歴史的な過程で特筆されるのは、菊田医師事件と特別養子縁組成立である。1973年に宮城県石巻市の産婦人科医菊田昇は望まない妊娠結果人工中絶で来院する妊婦に、尊い命を失わないで出産して児を養子に出すように説得し、同時に子宝に恵まれないために養子の引き取りを希望する夫婦を地元紙で募集して乳児を無報酬で引き渡していた。その際に、実母が出産した経歴が戸籍に残らないように、また養親が実子のように養子を養育できるようにとの配慮から、乳児の出生証明書を偽造していた。それが発覚したが、時の法務大臣の「子供が幸福になるのだとしたら、事荒立てて取り締まるべきではない」との発言などによって、いったんは不問とされたが、愛知県産婦人科医会の告発で、仙台地検が医師法違反・公正証書原本不実記載の罪で菊田医師を略式起訴した。その後、1982年に愛知県の児童福祉司士の矢満田篤二が、児童相談所で出産前に実母の相談に乗り、赤ちゃんを退院後に養親に引き渡す方式で特別養子縁組のあっせんを始めた。
この様な経緯から1987年に民法改正によって特別養子縁組が導入された。同時に厚生労働省によって「養子縁組斡旋事業の指導について」という通知が提出され、あっせん事業者は都道府県や政令指定都市に、業務開始の届けを提出することが義務付けられた 通常の養子が、実の親との法的な親子関係を維持したままであるのに対し、特別養子の場合は養子は戸籍上養親の子となり、実親との親子関係がなくなる点で普通養子縁組と異なることが大きな特徴である。里親委託は育ての親が一時的に子どもを預かる制度であり、里親と子どもの戸籍上の繋がりは発生しない。
さらに2004年11月、戸籍法施行規則が改正され、婚外子の戸籍の続柄欄の記載方法が改められた。それまでは嫡出子と区別して「男」「女」と表記されていたが、嫡出子と同じく「二女」などと記載されることとなった。法務省が方針転換した背景には、「一見して非嫡出子と分かる記載方法はプライバシー権の侵害だ」と指摘した、04年3月2日の東京地裁判決があったからである。また、これまでの民法では「嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分の2分の1とする」と差別されていたが、2013年9月に最高裁は「父母が婚姻関係になかったという、子が自ら選択や修正をする余地のない事柄を理由に不利益を及ぼすことは許されない」とその格差規定を削除し、明治時代から続く婚外子への差別が115年ぶりに解消されたのである。
現在、日本医師会により推進されている特別養子縁組あっせん事業は、児の出生を望まなかった母親による乳幼児の虐待予防が主たる目的である。
また国際養子縁組は、多くの先進国が養子を受け入れる中で、日本が養子送り出している国となっているところから、2012年に野田聖子議員をはじめとする超党派の議員を中心として、国内の養子縁組を活性化させることを目的として、養子縁組あっせん試案が作られた。同時に違法な児童売春やポルノなどの隠れ蓑になるリス句を排除する、養子>に関する規定の明確化を目指した試案がつくられている。
一方、熊本県熊本市の慈恵病院に2007年5月から運用が開始しされた赤ちゃんポストも、預けられた子供は戸籍法で棄児として扱われるため、熊本市長が命名し戸籍を作成するところから、児の将来を見据えた特別養子縁組同様の配慮が払われている。

2.性同一性障害とARTによる出産

この原稿を書いている2013年12月に最高裁が、生物学的には女性であったが性別を男性に変更して結婚した性同一性障害の夫を、妻がAIDで産んだ子どもの父親と認定し、その子どもを嫡出児(法律上の夫婦間で生まれた子)と法的に判断した事例が大きくマスコミ取り上げられた。このシリーズを読んだ方には、通常の夫婦がAIDで産んだ子供は認められているのに今更なぜ?と思うであろう。それほどARTの進歩の速さに、我国の法整備が追い付いていないのである。
性同一性障害とは身体的な性別と心理的な性別が一致せず、自分が男(または女)であることに強い違和感を持って苦しむ疾患であり、軍隊や囚人が環境因子で起こり得る同性愛とはレベルが違い、基本的な遺伝子や子宮内環境による病態・病因が明らかになってきた。それに基づき2004年の「性同一性障害特例法」で、幾つかの条件を満たせば戸籍の性別変更が認められるようになり、その申告例は2013年までの累計で3738件となっている。そのような状態から、性転換した性同一性障害の結婚を認めていることであり、ARTによって子どもを持つ夫婦が出ることは当然である、しかしそのような事例では、戸籍上の父親の欄が空白とされているのは、法務省民事局が民法上で生物学的に生殖能力が無い者を父親と認めることができない見解だからである。その背景には、法によって親子関係や家族の規範を守る役務にあるところから、古来の血縁関係を重視した方針をとっているからである。
その最高裁判断においても、5人の裁判官の意見が3対2に分かれて多数決で決定されたことは、親子・更に家族という社会を形造る最も基本的な共同体を、どのように捉えるかの違いによるものであった。ARTの導入で従来のスタイルが崩れることを懸念して伝統的な血縁により絆を重視する考えと、人間関係を重視して新しい家族の形を受け入れる考えの違いであった。

おわりに
医事法学者の家永 登は、生命倫理と法律の関係において、医事法は医学の進歩に伴う医療現場に即して変化し対応していかなければならないと述べている。しかし我が国は、これまでARTを巡る多くの矛盾と齟齬に対し、法的な規制や強制力の無い学会会告のレベルで応じ、法的な対応が大幅に遅れていた。それに伴って、ARTがもたらす倫理的な大きな問題がそのままになっている現実は、早急に解決されなければならことが明らかになったであろう。倫理的考察と議論が大切であるが、倫理は置かれた状況において変化するものであり、また異なった意見があってしかるべきで性質のものである。もはや、医療者の良心や倫理観だけでは御しきれないスピードで変化している、ARTの内蔵する問題を是非理解して欲しい。
また、女性が子どもを生みたい、家族が子どもを持ちたい、という人間の根源的な願いに応じるのは医療者の任務であるとしても、ここまで高度の進んだARTにおいて、それにどこまで応じるべきかは、立ち止まって倫理的議論を行わなければ、あと一歩が滑りやすい坂道(slippery slope)に足を踏み入れて、戻れないジレンマに陥るところまで来ている危険を考えなければならない。

引用文献
1)鈴森 薫:生殖医療とバイオエシックス(第5章:pp95−124)、出生をめぐるバイオエシックス,仁志田博司(編)、メジカルビュー社、1995
2)峰岸 敬:生殖医療と周産期医療の連携、日本未熟児新生児学会誌、24:24−28,2012
3)久具宏司:卵子提供、精子提供、代理懐胎の実情と問題点、日医雑誌、137:53−58,2008
4)松尾宣武:子どもの視点からみた生殖医療、日医雑誌、137:67−71,2008
5)米本昌平:生殖補助技術への対応―世界と日本:日医雑誌、137:63−66,2008
6)根津八紘;私が問題提起する訳、下諏訪国際交流協会講演会(2012年3月10日、ジョイントプラザ・マリオ)
   講演資料(1−20ページ)
7)貞岡美伸:代理懐妊で生まれた子どもの福祉―出自を知る権利の保障(研究ノート)、
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2011/sm02.pdf 
8)家永 登・仁志田博司(編):シリーズ生命倫理学第7巻 周産期・新生児・小児医療、丸善出版、2012年、東京

 

図表 

表1:不妊治療のステップ
@    タイミング法(荻野式)
A    排卵誘発 (排卵誘発剤使用)
B    人工授精
AIH(artificial insemination with husband’s semen)
AID(artificial insemination with donor’s semen)
C    体外受精 IVF-ET(in vitro fertilization and embryo transfer)
*その中で男性不妊の場合に行われる:ICSI(intra-cytoplasmic sperm injection 卵細胞質内精子注入法)

図:ARTによる不妊治療  (ファクスで送る図に書き加えてください)

  • 配偶者精子
  • 提供卵子
  • 非配偶者精子
  • 体外受精
  • 顕微授精
  • 着床前診断
  • 出生前診断
  • 代理母

   (引用:鈴森 薫:生殖医療とバイオエシックス(pp96)、出生をめぐるバイオエシックス,仁志田博司(編)、
  メジカルビュー社、1995)


表2 ARTの規制に関する行政の関与は無く日本産婦人科学会が会告の形で学会誌に掲載

表3:精子:卵子・子宮(出産する人)の組み合わせ

 卵子   精子    産む人
 母     夫     母    :AIH, 通常のIVF-ET
 母     夫     第三者  :通常の代理母
 母     ドナー   母    :AID、ドナー精子を用いたIVF-ET
 母     ドナー   第三者  :ドナー精子を用いたIVF-ETと代理母
 ドナー   夫     母            : ドナー卵子と夫の精子を用いたIVF-ET
 ドナー   夫     第三者     :ドナー卵子と夫の精子を用いたIVF-ETと代理母
 ドナー        夫        ドナー     : 夫の子どもを他人に産んでもらう側室や第二夫人
 ドナー   ドナー   母          : 精子も卵子もドナーで子供を産む

 

表4:ARTのもたらす倫理的問題

  • 受精卵の取扱いに関する問題:人は何時から人としての人権を有するか、
  • 優生思想の影:どの受精卵(命、後に人間となる)を選別するか、
  • 生命の誕生に人為的操作を加えるARTに倫理的法的規制はどこまですべきか、
  • ARTで生まれて来る子どもたちの、自出を知る権利はどこまで担保すべきか、
  • ARTが創りだす新しい母親とは・父親とは・家族とは、の概念に関わる法的・倫理的規範の形成、

EARTが人類の歴史に、社会にどのような影響を与えるか:生殖補助医療が決して一部の特別な人々だけが受けるものではなくなっている現在、ARTに関わる法整備の問題は、日本の社会がどのような次世代を作っていくのかにつながる議論である。

表 5:日本産婦人科学会 会告
   
 会告

 最近の社会情勢に鑑み、学会における臨床・研究活動も倫理的観点から十分考慮されたものでなくてはなりません。
 そのため、既に学会は会告をもって臨床・研究を遂行する際に、倫理的に注意すべき事項に関する見解を公表してきました。
 ここに会員各位の注意を喚起すること、また便宜のためにそれら見解を改め一部掲載します。
学会は、会員が日常診療を行うにあたり、これらの会告を噂守されることを要望いたします。 会告を噂守しない会員に対しては、速やかにかつ慎重に状況を調査し、その内容により定款に従って適切な対処を行います。
平成11年 1月

                        社団法人 日本産科婦人科学会

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