乳幼児突然死症候群と睡眠

目次

1 乳幼児突然死症候群(sudden infant death syndrome,   SIDS)の定義

2 SIDSを巡る歴史的変遷

3 SIDSの病因・病態

4 SIDSと睡眠時姿勢

5 うつぶせ寝とSIDSの関係

6 SIDS発生予防

7 SIDSとグリーフケア

1 乳幼児突然死症候群(sudden infant death syndrome,   SIDS)の定義

 SIDSは突然死に死亡したという状況の表現ではなく、ひとつの疾患単位である。すなわち、感染症や代謝性疾患など突然死亡する診断がついた時点で、その診断名がつきSIDSとは呼ばない。またSIDSは原因が不詳の疾患、という不適切な文言が一人歩きしているところから、死因が分からなかった事例に付けられるWaste basket のように考えられていることは大きな誤りで、SIDSは臨床像が明確に定義されているばかりでなく、その病態もほぼ理解されている明確なdisease entity であることを理解しなければならない。
 厚労省研究班の定義は、「それまでの健康状態および既往歴からその死が予想できず、しかも死亡状況および剖検によってもその原因が不詳である乳幼児に突然の死をもたらした症候群」とされている。解説を加えると、それまでの健康状態とはSIDSの約半数が鼻水や軽い咳などの風邪症状を呈しているが、突然死する健康状態とはみなされない程度を意味する。逆に40度の高熱や痙攣があった場合は、たとえ児の状態が良好にみえて突然の死は予想外である、と考えられてもSIDSとは呼ばない。その理由は、高熱をきたす疾患や痙攣をきたす疾患があることが突然死と無関係と言えない無いからである。それまでの既往歴とは、心疾患を有して専門病院に通院治療を受けていた乳児などが、状態が安定していてその死が突然に思われてもSIDSとは呼ばない。すなわち、SIDSは家族のみならず医師も突然の死をもたらしうるような疾患を有していない児に起こるものを呼ぶ。
 死亡状況とは、突然死の原因としてSIDSと鑑別が必要な事故および犯罪(乳児殺し、乳幼児非虐待症候群)との鑑別が極めて重要であるからである。例えば児がベットの柵に首を挟んだ状態で発見されたり、あるいはベットから離れた不自然な位置で発見された場合などは、SIDSよりも事故または犯罪が考慮されなければならない。剖検によっても原因が不詳と言うのは、児に突然の死をもたらしうる心疾患や感染症などの所見が認められなかったという意味である。当然児が死亡したのであるから原因はあるはずだが、その病理所見は通常の解剖のレベルでは認められないものと考えられ、SIDS以外の診断がつくような明確な所見がなかったことである。  最新の定義では1歳までとされている理由は、それ以降でもSIDS同様の突然死例が稀ながら起こりうるが、その多くはSIDSとは異なった隠れた疾患によることが多いので、乳児期に絞られている。それゆえSIDSの正しい呼び名は乳児突然死症候群であるが、これまで同様に乳幼児突然死症候群と呼ばれている。

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2 SIDSを巡る歴史的変遷


 それまで元気であった乳児が睡眠中に突然死亡することは古くから知られており、すでに旧約聖書の列王伝(上3,19)のソロモン王の章に「and this women’s child death in the night, because she overlaid」(夜中に母親が子どもの上に乗ってしまった為死亡した)と記載されている。20世紀になるまで、睡眠中の赤ちゃんの突然の死はoverlying(母親などが上に乗りかかる)、あるいはoverlaying(布団などが被さる)、smothering(顔を覆い窒息させる)による窒息(suffocation)と考えられていた。その時代の助産婦の教書などには、乳児のケアにおいては、それらに注意することが記載され、また、子どもに布団などがかかることを守る器具なども使用されていた。
 しかし、添い寝中の母親と子どもの両方に睡眠時脳波と体動計を組み合わせてモニターを行うと、母親は脳波上睡眠中であっても児の動きに驚くほど同調していることが示されている。すなわち睡眠中でも、通常の母親が自分の乳房や体で児を窒息させることは、ほとんど起こらないことが証明されている。
 呼吸器感染や窒息などでは説明が付かない乳児の突然死の重要性が次第に気づかれるようになり、1963年シアトルにおいて、第1回の乳幼児の突然死(sudden death in infancy)の国際会議が開かれた。1969年ふたたびシアトルで第2回の同様な国際会議がもたれ、ひとつの認められた疾患単位としての病名を持つべきものであるという考えから、初めてSudden Infant death Syndrome (SIDS)の名称が採択された。1975年には、インデックスメディックスにSIDS-Cot deathの項目が採用され、1978年国際疾病分類(ICD)の中にSIDSの疾患名が798.0のコード番号で採用登録された。  本邦においては近年まで、睡眠中の幼い子どもが突然死亡は、「母親が乳房などで児を窒息させた」と片づけられ、可愛い我が子を亡くしただけでなく、その犯人扱いされた母親の気持を察するに忍びない状況であった。ようやく本格的な研究体制が取られたのは1981年以降であり、女性の社会進出に伴い乳児院やベビーホテルなどが急増し、そこで発生する乳児の死亡に対する学問的な裏付けが必要とするところから、厚生省心身障害研究班として、乳幼児突然死症候群に関する研究班(班長,馬場一雄「1981-1983」, 坂上正道「1984-1991」,仁志田博司「1992-1997」)が組織され、SIDSに焦点を絞った研究が開始された。また、1993年日本SIDS家族の会が、1995年日本SIDS研究会(1999年より日本SIDS学会)が発足し、SIDSの社会への啓蒙および研究の要となって活躍するようになった。

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3 SIDSの病因・病態


 SIDSの病因に関しては、前の日に健診で異常が無く元気であった児が家庭や保育所といった生活の場で突然亡くなったのに、その説明を家族に出来ないという、小児科医にとっては屈辱的な疾患であり、小児科分野で最も精力的に研究された。事実、筆者はこれまで約25年間厚生省の研究は携わり、約8、000の文献に眼を通した経緯から、SIDSの病因病態に関しては、感染・呼吸・循環・代謝・神経系など、ありとあらゆる面からの研究がなされたといっても過言ではない。それらの中で、かってSIDSと誤認されて代表的なものを幾つか挙げ、最終的に現在考えられているSIDSの病因病態を述べる。


  @感染症:ボツリヌス菌(Crostridium botulinus)感染症は乳幼児に突然の死をもたらし、かつその診断が困難であるところからSIDSの原因のひとつと考えられていた。

 A代謝性および内分泌系の異常:先天性代謝性疾患はその診断がきわめて困難であるばかりでなく、その中のある疾患は突然発症し死に至るところからSIDSと診断されてしまう可能性を含んでいる。それらの中で脂肪酸酸化酵素異常症(medium chainおよびlog chain acyl CoA dehydrogenese deficiency)は、軽微な感染症や嘔吐が引金となって、グリコーゲン貯蔵が低下している児に突然の死をもたらし得ることが知られている。

 B循環器系の異常:long QT syndromeは遺伝性であるが、その家族暦が不明の場合は心電図記録がなければ診断は不明となりうる。

C呼吸器系の異常:有名のTonkin の仮説は口腔に対して比較的大きな舌を有する乳幼児がREM睡眠時に筋緊張が低下すると舌が後方に沈下し、同時に上気道の開放性を保っている他の筋も弛緩しているため上気道狭窄をきたすとする説である。

D慢性低酸素症説(Nayaeのchronic hypoxia theory):肺動脈血管壁が厚いことを始めとした病理所見からSIDSの背景には慢性低酸素症の状態があるという考えが広く受け入れられてきたが、現在はそれに捕われすぎたと反省されている。

E睡眠時無呼吸(sleep apnea):慢性低酸素症の原因として睡眠中の無呼吸および低換気状態が考えられてきたが、睡眠時無呼吸そのものがSIDSの中心病態であると考えられるようになり、睡眠時無呼吸を引き起こす病態としてセロトニンなどの異常や次に述べる覚醒反応の異常と同様に呼吸中枢を与る脳幹機能の微細な異常が挙げられている。

F覚醒反応(arousal response)の異常:ポリグラフなどによる研究から睡眠時無呼吸そのものに因われすぎていたことへの反省が起こり、むしろ無呼吸からの自己回復の機能である覚醒反応(arousal response)の低下がSIDSの中心病態であると考えられるに至っている。

G脳幹部の呼吸中枢異常:SIDSの基本病態と考えられる睡眠時無呼吸からの覚醒反応の遅延のより基本的な原因の説明として、脳幹部の呼吸中枢における神経病理学的および神経生理学的の異常が研究されて、自律神経系の異常の関与が示唆されている。

H窒息事故および虐待児症候群:SIDSの原因は睡眠時無呼吸に関係するとした歴史的な論文が、25年後に母親の自白により幼児殺しであったことが分かったことから、SIDSと虐待の鑑別は極めて重要と認識されるようになった。

SIDSの病因病態として、筆者のみならず世界中の研究者の同意に至っているのは、睡眠時無呼吸からの覚醒反応の遅れによって発生する低酸素血症が、乳児の未熟な呼吸中枢を抑制し、通常は化学受容体を介して起こる呼吸刺激に反応しないと、益々無呼吸が続き、益々低酸素血症となり、益々呼吸中枢を抑制するという悪循環に陥り、死に至るというものである。(図1:SIDSの病態:覚醒反応の遅延) 
なぜ乳児の呼吸中枢が未熟なのかは、人間は正期産で生まれても生理的早産と言われている。そのことは、他の哺乳動物のほとんどが、生まれて間もなく自分で歩き出すのに、人間の子どもは寝返りさえ生まれて3ヶ月経ってからで、一人歩きはなんと生後1年経ってからであることを考えれば理解できるであろう。疫学的にもその80%は生後6ヶ月までに起こるところから、SIDSは赤ちゃんの病気といわれる。新生児期より生後3−4ヶ月が発生のピークなのは、出生から暫くは授乳やおむつ交換など頻繁に擁護者の手が加わることが、無意識にSIDSを予防しているからと考えられている。
なぜ人間は生理的に早産で出生するかは、進化の結果として高い知能を獲得し、新生児の頭が大きいので産道を通るためには早く生まれることと、出生後に長い間多くのことを擁護者から学ばなければならないからである。心拍は早期胎児期から確立しているが、肺呼吸は出生の瞬間から胎盤呼吸から独立して開始する。胎内の呼吸様運動は肺呼吸とは異なる。歩き始めに転ばない子供がいないように、肺呼吸のメカニズムが生まれて直ぐ完備しておらず、すべての機能(特に神経学的機能)がある程度抑制される睡眠時に、生理的に起こりうる無呼吸からの覚醒が遅れうることは十分予想できるであろう。見も蓋もない、と言われそうだが、SIDSは高度な知能を獲得した人間の赤ちゃんの宿命なのである。 勿論なぜある子供がSIDSになるのか、との疑問は当然であり、男児・早産児・非母乳栄養児・2番目以降の児・軽い風邪引いている児・養育者が喫煙する場合などがより高いSIDS発生の因子として知られている。それらの中で最もリスク因子としてのオズ比が高いのが睡眠時姿勢(うつぶせ寝)であり、その理由に関しては次に述べる。

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4 SIDSと睡眠時姿勢

 SIDSの疫学的研究から育児環境がその発生頻度に大きく関与していることが知られるようになった。歴史的に最も重要なデータが人種によるSIDS発生頻度の違いであった。アメリカの移住した人種別のSIDS発生頻度は、東洋人では出生1、000に対して0.5であり、白人の1/3、黒人の1/5、アメリカインヂアンの1/10であったところから、SIDS発生には遺伝的要因が関与していると考えられた。ところがアメリカ的な生活(育児環境)となった2−3世の子どものSIDS発生頻度は、東洋人と白人は共に1,5、とほぼ同じだったのである。
  すなわちSIDS発生頻度の差は、人種(遺伝情報)の差でなく、生活環境(子育て環境)の違いによることが示されたのである。東洋的な子育ては、あおむけに寝せるだけでなく、いつも子どもの周りに家族が一緒にいる環境であり、それがSIDS発生を低くしていたが、2世・3世となりアメリカ流の子育てに変わると、東洋人でも白人並みのSIDSの発生頻度になってしまったである。アメリカ流とは、うつ伏せ寝だけでなく、大人たちは居間でテレビを見て歓談し、子どもは子ども部屋に一人寝かせるのであった。私の二人の子どももアメリカで生まれたので、そのようなスタイルで育児をしていたが、今考えるとゾッとする思いである。
  SIDSが睡眠時に起こる疾患であるところから、ベットや寝具などの環境および暖めすぎなどの問題が研究される中で、うつ伏せ寝との関係がようやく明らかになったのは1990年代になってからである。ほとんどがうつ伏せ寝である欧米においては、うつ伏せ寝とSIDSの有意差が出にかった事は十分予想できるところであり、仰向け寝が支流であった日本でうつ伏せ寝とSIDSの関係を世界に先駆けて発見できなかったことは極めて残念である。言い訳のようであるが、当時はうつ伏せ寝で発見された突然死はSIDSよりも窒息と診断される風潮であった。   多くの哺乳類が4つ足であり直ぐ逃げ出せるから腹ばいで寝るのに対し、二足歩行の類人猿はあおむけ寝が自然の理にかなっている。その理由は、仰向けの方が手が使えることと、養育者とアイコンタクトが出来るからである。事実、ニホンザルはあおむけ寝が出来ないが、オランウータンやチンパンジーはあおむけ寝である。本来あお向け寝であった人間の赤ちゃんがうつぶせ寝にされるようになったのは、1950年代にアメリカの小児科医達が仰向け寝とうつぶせ寝の生理学的な違いを研究した結果、多くの点でうつぶせ寝が良好なデータであったからである。
  その中でうつぶせ寝の方が新生児は良く眠るところから、集団保育をする産院でうつぶせ寝が採用されるようになり、その児が退院するとうつぶせ寝が良く寝るところから、瞬く間にアメリカ中の乳幼児がうつぶせで保育されるようになった。乳幼児のうつ伏せ保育は1970年代にはヨーロッパ中に普及し、1980年代には日本にも広がってきた。

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5 うつぶせ寝とSIDSの関係


 1980年代後半から、うつ伏せ寝とSIDSを示唆するいくつかの報告があったが、SIDSとうつ伏せ寝の関係を最初に疫学的に明らかにしたのはオランダである。オランダでまだ米国流のうつ伏せ寝が導入される以前の1969年のSIDS発生頻度は出生1000当たり0.44であったが、うつ伏せ寝が一般的となった1977―87年の間の発生頻度は1.1―1.3に上昇し、うつ伏せ寝を辞めるキャンペーンが開始されると、ふたたび1989年には0.7と低下した。つづいてイギリス、オーストラリア、およびニュージーランドにおいて、同様にうつ伏せ寝を止めること中心とした予防キャンペーンが開始されることによって、著明なSIDS発生頻度の減少をみた。
  1991年にニュージーランドでは、うつ伏せ寝とSIDSに関係に医師や学者達が懐疑的であるのに業を煮やした家族の会が中心となってキャンペーンが開始され、うつ伏せ寝の頻度が42%から2%に減少するに従い、SIDSも6.3から1.3(なぜかニュージーランドのSIDS発生頻度は桁違いに高かった)に激減している。うつぶせ寝発祥の地である米国でも、1992年に米国小児科学会が「健康な正期産児の睡眠時姿勢は側臥位か仰臥位とする」勧告をおこない、1994年には「Back to sleep」(Backは背中の意味であり仰向けに寝せるという意味であるが、昔の寝せ方に戻るという意味もある)のキャンペーンを全国的レベルで開始した。
  うつ伏せ寝とSIDS発生頻度に関しては、「顔が見えないため注意が不十分になる」、「良く眠るために児が一人におかれる時間が長い」、「児が吐いた呼吸をふたたび吸入して高炭酸ガス血症と低酸素血症となる再呼吸説」などの理由が挙げられていたが、ベルギーのAndre Kahn博士らは、同じ乳幼児のpolysomunographyの比較で、うつ伏せ寝の方が覚醒反応が遅延する所見を認め、「うつぶせ寝では覚醒反応がより遅延する」が最も重要であることが明らかとなった。なぜうつぶせ寝において、より覚醒反応が遅延するかはまだ不明であるが、単により深い睡眠になる以外に、うつぶせ寝の方が、皮膚の接触面積が多い・体温が高めになりがち・体の重心が低くい、などの生理的現象が覚醒反応を抑制する因子と関係する可能性が考えられている。 添い寝は、母親と児が一緒にいることが覚醒反応の遅延を補うことが示されており、SIDSの予防に関与すると著者は思っている。しかし添い寝の定義が、母親と同じベットに寝る(bed-sharing)か、あるいは布団を並べて同じ部屋で川の字のように寝る(room-sharing)かによって異なるのみならず、寝具の問題・母親が煙草を吸うか(煙草を吸う母親の添い寝はSIDSの頻度が高い)、など多くの因子が関与するところから、疫学的な明らかなデータは未だ出ていない。逆に1997年アメリカ小児科学会のTask force on Infant positioning and SIDSはbed sharing affect the risk of SIDS?のタイトルで、SIDS予防の観点からは添い寝は進められないとしている。しかし米国では、劣悪な育児環境における大人のベットに乳児が寝せられている状況で起こっている例が多く、必ずしも本邦の事情とは一致しない。Bed-sharingの場合、母親のベットは乳児には柔らか過ぎる・掛け布団などが重すぎる・温度が高くなりすぎる、など赤ちゃんには不適切な睡眠環境であり、母親と一緒の時はそれを補う母親による覚醒反応の遅延をカバーするプラスの面があるが、母親が眠っている児を残して台所などにいっている間は極めて危険となる。それゆえ児の布団と母親の布団を並べる添い寝を行えば、母児関係の確立に良好であるのみならず、SIDSの予防に連なると考えられる。

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6 SIDS発生予防


 SIDSと育児環境の関係が明らかになり、SIDSのリスク因子(うつ伏せ寝・養育者の喫煙・非母乳栄養など)を広く社会に啓蒙するSIDS予防キャンペーンが開始され、世界各国でSIDS発生頻度はドラマチックに減少している。オランダではキャンペーン後なんと出生1000に対し0.1と、これまでの10分の一に激減している。本邦では元々SIDS発生頻度が0.5と諸外国の中では最も低かったこともあり、1997年になってようやくSIDS家族の会による予防キャンペーンが開始されている。
 実は著者も新生児科医として、病的新生児や未熟児の養護においてはうつ伏せ寝が臨床的に良い効果を与えている経験から、それまで「うつぶせ寝の薦め」の著作や講演を行ってきた。しかし1990年以降の諸外国のSIDS予防キャンペーンの効果を見て、これまでの自分の誤りを認識し、厚生省SIDS研究班長として、うつぶせ寝を含むSIDSリスク因子の公表を早くすべきと考えたが、乳幼児のうつぶせ寝は医学的に正しいと考える医師達の意見が纏まらず、キャンペーンが家族の会の後追いになったことを悔やんでいる。1998年より全国レベルのSIDS予防キャンペーンを開始され、母子健康手帳に「SIDSの予防の為に」の記載が追加することが決まり、同時に厚労省は毎年11月をSIDS予防強化月間とすることを決めた。このように21世紀に向かう最後の1990年代になって、ようやくSIDSの研究成果が実際に児の命を救う形で生かされたのである。

 我国の2010年のSIDS発生頻度は0.18となり、オランダの0.1(出生1万に一人)に近づいている。しかし、SIDSの病因病態の項で述べた如く、この疾患は人間の赤ちゃんが生理的早産で生まれるという、進化の代償としての運命的背景を持つところから、ゼロにすることは出来ない。どんなに熱心に子育てに励んでも、ある確立で愛する子供をSIDSで失う悲劇に遭遇する母親がいる。その母親をサポートする活動がSIDS家族の会であり、医療者(特に小児科医)の責務である。

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7 SIDSとグリーフケア


 SIDSで児を失った家族(遺族)への対応は、本疾患を考える上で最も重要な点であり、SIDSの事例が発生した時に関係する各専門職種(救急隊員・警察・救急外来の医師や看護婦など)への啓蒙を含めた家族のサポートシステムを作り上げることの重要性が指摘されている。
(1) 児を失った家族の反応
愛する者との死別は大切な対象の喪失に伴う悲嘆(grief)と言う精神的な反応をもたらす。その死別反応(bereavement reaction)は単なる悲しみの心にとどまらず、体の不調や行動の異常も引き起こすことも稀ならず起こる。
児を失った家族が、児の喪失に引き続く様々な状態から回復するためには、あるプロセス(喪の作業grief work)とある期間(喪の期間mourning period)が必要であり、その喪の期間が適切に経過することが遺族が立ち直る為に重要と考えられている。 その課程が十分に悲しみを表現することができないでスキップされた場合に、家族に精神的な問題がより起こりやすくなる。
SIDSは予期しない突然の死であるところから、幾つかの特徴を有している。児を失うことは、どのような理由であれ深い悲しみであるが、然るべき治療を受け死に至るまでの時間的な経過を経た場合と、今まで元気であった児が自宅などの生活の場で予期せずに死亡するSIDSでは、悲しみと驚きに加え、家族特に母親は自分の過失ではないかという自責の念にとらわれがちである。さらに、SIDSは心筋梗塞などのように一般の人にも容易に理解可能な疾患でないところから、何が原因だったのかというわだかまりが消えないのみならず、周囲から無責任な言葉やいわれのない叱責を受けることがあり、そのような視点からも家族特に母親へのサポートが必要な疾患である。
喪の過程(mourning process)に関しては、キューブラロスによる死の受容に至る五段階の過程(1否定、2怒り、3取引、4落ち込み、5受容)やドゥローターらの受容にいたるステップが知られている。このようなプロセスを踏むこと自体が悲しみからの回復に重要であり、その過程は喪の仕事(mourning work)と言われている。家族をサポートする為には、この喪の課程が適切に行われるようサポートしなければならない。その課程に見られる精神的異常や情緒不安定な行動などはごく当然の悲しみであり、泣く時は泣くなど十分に悲しみを表出させることが重要であることを本人および周囲の者に理解させる。

(2) 喪の課程を知った家族の対応
残された家族の心の状態は、その喪の課程の中で大きく変わっていくところから、その各々の状態を理解した対応が必要である。SIDS発生初期においては、ショックの為に感情麻痺と呼ばれる状態になり、遺族が驚くほど冷静に見えたり、あまり悲しんだ様子を見せないところから、しっかりした家族であると思いがちである。 しかし、医師の説明に良く理解したような反応を示しているが、実際は頭の中は真っ白であり、次の日には全く覚えていないことも稀ではない。それゆえ、あれほど説明したのにと思うのは誤りであり、時間をかけ何度も何度も同じ内容を説明しなければならない。やがて深い悲しみに陥り鬱の状態になったり、子どもが生きているように食事や洋服を用意したりすることが起こるが、それも通常の反応であることを理解させる。 感情が高ぶり医療者や周囲の人に怒りや不満を向けるようになり、時には鎮静剤などを必要とすることがあるが、それが異常の反応であると本人に思わせることは大きなマイナスになる。特に自分だけが不幸になり、周囲が幸せのままであることへの嫉妬や、僅かな他人の言動への苛立ちも同様な反応であることを理解し対応しなければならない。
乳幼児の死においては、母親は子どもを死なせてしまったことから女性として、母親としての失敗感や罪悪感にとらわれる。さらに、将来への希望や期待を消失したという喪失感から周囲を避けて孤独感にとらわれることがある。さらに周囲の者が、そのような状況を腫れ物に触るように対応することによって言葉をかけるのをためらったり、亡くなった児に話が及ぶことを避ける傾向があるところから、逆に両親を孤独に追いやることとなる。事実を避けずにそのような喪のプロセスが通過するまで、ありのままの状態を受け入れていくことが大切である。不眠症や食欲不振その他の身体的な所見が明らかになったときや、鬱の状態が高度であるときは、精神科などの専門医のコンサートを受ける時期を判断することも重要である。
SIDS家族の会には、喪の課程を経て回復し、ボランティアとして自分の体験をSIDSの家族に役立てよう、というビフレンダーと呼ばれる会員がいる。ビフレンダーの役目は、数少ない言葉で相手の心を開き、ひたすら聞き役に回ることであり、そのことによって、家族に「私の心が分かる共感者がいる。自分は異常ではない、自分と同じ体験者がいる。」という安心感を与える。このようなビフレンダーと家族が同じ立場にある者同士が話し合うことをピアカウンセリングというが、そのことによって家族は心の悲しみ・苦しみを吐露することによって心が浄化されるのである。

(3) SIDSで児を失った家族のサポートの実際

@家族に死因及び病態に対する正しい知識と理解をもたせる
その役目は主に医療者であるところから、専門用語を用いず日常的な分かりやすい表現で繰り返し繰り返し行うことが大切である。また、説明は母親と父親と一緒に行うことがより効果的である。

A誰にも防げなかったことを理解させる
SIDSが事故や虐待ではなく、疾患であることを両親のみならず、両親を取り巻く家族にも理解させることが大切である。うつ伏せや母乳でない栄養法などが危険因子として知られているが、たとえうつ伏せにしてSIDSが起こったとしても、母親が煙草を吸っていたとしても、それらは直接の原因ではないことを説明し、母親の罪の意識を取ることが肝要である。

B死亡診断書の届け出・解剖や葬儀などの家族へのアドバイス
当然のことながら、家族にとっては初めてのことのみならず、突然であり精神的にも混乱しているときである。通常の患者の死の家族への対応を越えたより具体的なより細やかな配慮が必要となる。

Cサポートグループを紹介する
家族の会やビフレンダーの紹介および電話サービスなどの方法があることを話す。可能ならばSIDS家族の会へのパンフレットや小冊子などの紹介も行う。しかしながら家族にとっては、そのような会への接触を望まない場合もあるので強制は逆の結果となる。また、ソーシャルワーカーや必要に応じて臨床心理士などのサポートを手配をする。

D長期的なケアを行う
解剖された場合、数ヶ月後に最終的な所見の説明があるが、その際さらに病気の説明を必要とする事がある。また家族からの話を聞くことは自体がサポートにとって有用であり、家族がいつでも相談できるアクセスを用意しておくことが家族の心の安心感となる。

E次の妊娠対する指導

SIDSが遺伝性でないことを伝える。妊娠の時期については、喪の過程が受容期に至ったのちが望ましい。その期間は症例ごとに大きな差はあるが、通常は8ヶ月以降と言われている。また、次の出産の際に必要ならばホームモニターによる予防の可能性がある等を伝える。

 

参考文献

1.阿部寿美代:「ゆりかごの死」—乳幼児突然死症候群(SIDS)の光と影、新潮社、1997年)
(第29回大谷総一ノンフィクション賞を受賞しSIDSを広く世に知らしめた。)
2.仁志田博司:乳幼児突然死症候群とその家族のために、東京書籍、1995

3.SIDS家族の会編:もう一度抱きしめたい(赤ちゃんの死を乗り越えるために) メディカ出版1997 大阪


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